第3章 第7話
文字数 1,886文字
「スナック あゆみ」からの帰り道。
電車に乗って自宅のある新丸子の駅を降りる。駅前のコンビニで明日の朝食を買込む。そう言えばこの数週間、厳密に言えばトラと出会ってからこの方、ここで酒を買ってないな。
自宅のマンションのエントランスを入り、郵便受けを探るが特に大切な知らせは入っていない。エレベーターに乗り、四階で降りる。部屋の鍵をバックから取り出し、鍵を開ける。
そう言えば最近は部屋が酒臭くなくなったな。
バックから指導時に来ていたジャージを取り出し洗濯機に放り込む。ベランダに干しておいた洗濯物を取り込み、リビングのソファーの上に放り投げ、T Vをつけて何となく眺めながら洗濯物を畳む。
そして。ふと思いを馳せる。
こんな風にキチンとした生活をしているのは、離婚してから初めてなのではないだろうか。部屋を見渡す。こないだまで散らかし放題だったのだが、今はそこそこ清潔感溢れる居住空間となっている。
親子三人で過ごした約二十年間を振り返る。仕事に忙しく克哉に構ってやったことは数えるほどしか無い。河原でボールを一緒に蹴ったことも、数回しかないだろう。そんな親を彼はどう思っているのだろうか。
そしてそんな親が縁もゆかりもない中学生のコーチをすると知ったら、何と言うだろう。
克哉の連絡先は、知らない。渡していたスマホは良子が解約した。良子に連絡すれば教えてくれるかも知れない… いや。絶対それは無いな。
それに。克哉とは離婚までの数年間、殆ど口をきいていなかった。サッカーの試合も中学生以降一度も観に行かなかった。
ましてや家族旅行なんて… 旅行どころか、三人で食事に行ったのは克哉が小学生の頃なのでは…
そんな克哉と話がしたくなった。虫のいい話なのだが、あの頃のことを謝りたかった。そして今後は大学のサッカー部の試合を観に行っても良いか、尋ねたかった。
… 何故今更こんな思いに囚われてしまうのだろう。それはトラの存在が影響しているのは間違いない。トラを見ていると、何故俺はあの時克哉の話をきいてやらなかったのだろう、何故克哉の試合を見に行こうとしなかったのだろう、どうして一緒に飯ぐらい食べなかったのだろう… そう自分を苛んでしまうのだ。
今俺がトラにしてやっていることの、ほんの一部でも、どうして克哉にしてやれなかったのだろう。
深い溜息を吐き出すが、重く苦しい後悔の念は胸中から吐き出される事は無かった。
風呂から上がると、スマホにメッセージの着信が有った。
時計を見ると十時過ぎ。誰からかと見てみると、トラからだった。
『新一年、使えそうだね』
シンプルながら、嬉しそうなトラのメッセージに健太の頬が緩む。
『十分使えるな。ただし、上のリーグ戦に勝ち上がったら十一人では厳しいぞ』
買っておいた麦茶をグラスに注ぎ、一気に飲み込む。
『それなー。どうしたもんだか。』
『二年生や三年生でサッカーやってる奴いないのか?』
グラスに麦茶を再度注ぎ込む。
『いるけど… 街クラブでやってるから部活はダメじゃないかな?』
メッセージだと普通の言葉遣いが出来るんだコイツ。声を立てて笑ってしまう。
『上田先生に確認してみるといいよ。それと部活の試合出てもいいか、本人にきいてみないと、な』
『それは大丈夫。いう事聞かなければ、脅す(絵文字)』
『それはちょっと(笑)』
『うそうそ。もうそういう事はしないって決めたし』
『ほう。それは殊勝な事で。何故?』
『須坂がそういうのキライだから。ケンカももうしない。』
健太は声を立てて驚く。そうか。コイツ…
『いいね。いいよ。それで、いい。流石トラだ。』
『流石ってなに? 意味不 草』
『草って何だよ? 意味不』
本当に『草』って何だろう。全く意味がわからない。
それにしても、中学生と深夜にメッセージ交換とは… 克哉とこんな事は一度も無かったな…
今更ながら、克哉との失った時間を健太は激しく後悔するのだった。
『それよりさあ、上田とケンタ、何かいい感じじゃね? お袋激怒しそーなくらいに(絵文字)』
胸の鼓動が早まる。え? どうして激怒するの?
『何で亜弓さんが激怒するんだよ?』
『それはー 内緒 草』
『だからー 何だよ 草 って?』
『笑える、って意味。』
『ほう。それが何故、草???』
『あんまお袋の前で上田とイチャつくなよ(絵文字)』
『ちょっと待て。何で亜弓さんが激怒するんだよ? 内緒って何だよ、ちゃんとおしえてくれよ、頼むよ』
『おやすみー(絵文字)』(スタンプ)
スマホを放り投げる。トラの言葉に頭が混乱してしまう。
今夜は眠れないかもしれない…
電車に乗って自宅のある新丸子の駅を降りる。駅前のコンビニで明日の朝食を買込む。そう言えばこの数週間、厳密に言えばトラと出会ってからこの方、ここで酒を買ってないな。
自宅のマンションのエントランスを入り、郵便受けを探るが特に大切な知らせは入っていない。エレベーターに乗り、四階で降りる。部屋の鍵をバックから取り出し、鍵を開ける。
そう言えば最近は部屋が酒臭くなくなったな。
バックから指導時に来ていたジャージを取り出し洗濯機に放り込む。ベランダに干しておいた洗濯物を取り込み、リビングのソファーの上に放り投げ、T Vをつけて何となく眺めながら洗濯物を畳む。
そして。ふと思いを馳せる。
こんな風にキチンとした生活をしているのは、離婚してから初めてなのではないだろうか。部屋を見渡す。こないだまで散らかし放題だったのだが、今はそこそこ清潔感溢れる居住空間となっている。
親子三人で過ごした約二十年間を振り返る。仕事に忙しく克哉に構ってやったことは数えるほどしか無い。河原でボールを一緒に蹴ったことも、数回しかないだろう。そんな親を彼はどう思っているのだろうか。
そしてそんな親が縁もゆかりもない中学生のコーチをすると知ったら、何と言うだろう。
克哉の連絡先は、知らない。渡していたスマホは良子が解約した。良子に連絡すれば教えてくれるかも知れない… いや。絶対それは無いな。
それに。克哉とは離婚までの数年間、殆ど口をきいていなかった。サッカーの試合も中学生以降一度も観に行かなかった。
ましてや家族旅行なんて… 旅行どころか、三人で食事に行ったのは克哉が小学生の頃なのでは…
そんな克哉と話がしたくなった。虫のいい話なのだが、あの頃のことを謝りたかった。そして今後は大学のサッカー部の試合を観に行っても良いか、尋ねたかった。
… 何故今更こんな思いに囚われてしまうのだろう。それはトラの存在が影響しているのは間違いない。トラを見ていると、何故俺はあの時克哉の話をきいてやらなかったのだろう、何故克哉の試合を見に行こうとしなかったのだろう、どうして一緒に飯ぐらい食べなかったのだろう… そう自分を苛んでしまうのだ。
今俺がトラにしてやっていることの、ほんの一部でも、どうして克哉にしてやれなかったのだろう。
深い溜息を吐き出すが、重く苦しい後悔の念は胸中から吐き出される事は無かった。
風呂から上がると、スマホにメッセージの着信が有った。
時計を見ると十時過ぎ。誰からかと見てみると、トラからだった。
『新一年、使えそうだね』
シンプルながら、嬉しそうなトラのメッセージに健太の頬が緩む。
『十分使えるな。ただし、上のリーグ戦に勝ち上がったら十一人では厳しいぞ』
買っておいた麦茶をグラスに注ぎ、一気に飲み込む。
『それなー。どうしたもんだか。』
『二年生や三年生でサッカーやってる奴いないのか?』
グラスに麦茶を再度注ぎ込む。
『いるけど… 街クラブでやってるから部活はダメじゃないかな?』
メッセージだと普通の言葉遣いが出来るんだコイツ。声を立てて笑ってしまう。
『上田先生に確認してみるといいよ。それと部活の試合出てもいいか、本人にきいてみないと、な』
『それは大丈夫。いう事聞かなければ、脅す(絵文字)』
『それはちょっと(笑)』
『うそうそ。もうそういう事はしないって決めたし』
『ほう。それは殊勝な事で。何故?』
『須坂がそういうのキライだから。ケンカももうしない。』
健太は声を立てて驚く。そうか。コイツ…
『いいね。いいよ。それで、いい。流石トラだ。』
『流石ってなに? 意味不 草』
『草って何だよ? 意味不』
本当に『草』って何だろう。全く意味がわからない。
それにしても、中学生と深夜にメッセージ交換とは… 克哉とこんな事は一度も無かったな…
今更ながら、克哉との失った時間を健太は激しく後悔するのだった。
『それよりさあ、上田とケンタ、何かいい感じじゃね? お袋激怒しそーなくらいに(絵文字)』
胸の鼓動が早まる。え? どうして激怒するの?
『何で亜弓さんが激怒するんだよ?』
『それはー 内緒 草』
『だからー 何だよ 草 って?』
『笑える、って意味。』
『ほう。それが何故、草???』
『あんまお袋の前で上田とイチャつくなよ(絵文字)』
『ちょっと待て。何で亜弓さんが激怒するんだよ? 内緒って何だよ、ちゃんとおしえてくれよ、頼むよ』
『おやすみー(絵文字)』(スタンプ)
スマホを放り投げる。トラの言葉に頭が混乱してしまう。
今夜は眠れないかもしれない…