第1章 第11話

文字数 1,700文字

「マジ、コーチ半端ねーって、な…」

 新三年生のC B青木が興奮気味に喚き立てる。周りも頷きながら、
「俺一回もボール取れんかったー、ジョギングシューズ履いてる人に…」
 トラはカウンターに突っ伏しながら、
「ったく大人気ねーっつーの。途中からマジになってよ。あー痛え、完全ファールだろあれ」
「いやいや、正当なチャージだったよトラ君。あのトラ君が吹っ飛んでたよね?」
 下級生に弄られ更にふて腐れるのを
「ザマーミロ。日頃チョーシこいてっからだよ。」
 とママが言うと皆が大笑いする。

 ミニゲームに白熱していると、上田先生がグランドに仁王立ちして時間だから引き上げろ、と咆哮して練習が終わる。
 健太は汗まみれとなるも、何十年ぶりかの清々しさに、この数年の辛い出来事をすっかり忘れ去っていた。
 キャプテンの小谷が、
「夕飯、トラのトコで食わね?」
 と提案し、恐れ慄く新二年生を上級生が拉致連行し、スナック「あゆみ」に大勢で押しかけたのだった。トラの母親である亜弓は顎が外れるほど口を大きく開き、事態の把握に努めた結果、
「カレーでいいな、おまいら」
 と言って慌ててカレーを作り始めたものだった。

「で。どーよ、このチーム。あんたの目から見てさ」

 トラが冷たい烏龍茶を啜りながら健太に尋ねる。

「そうだな。大会があるのか?」
「そう。四月の頭に、地区大会。総当たりのリーグ戦。」
「… 九人で戦うのか…?」
「一年坊入ってくるの、早くても中旬だしな」
「そっか… でも、戦い方によっては何とかなるんじゃないか?」

 トラの目がキラリと光る。
「ポジションは?」
 トラが紙とボールペンを持ってきて、サラサラとポジションを書き出す。
「4−3−1だな。トップに茅野。中盤の真ん中が俺、サイドが木崎と大町。C B(センターバック)二人はコータとサワ、サイドが岡谷と飯森。G Kはコタ。かな。」
「うん、そーなるかな。ただな、この木崎って子、S B(サイドバック)の方がイイと思うぞ」
「え? なんで?」
「下級生だけど良く声出してるだろ? サイドからのコーチングが守備の時効くと思うぞ」
「… へー、そーなん。でも、岡谷って初心者じゃん、ハーフはちょっと…」
「攻撃よりもD Fを意識させる。トラと岡谷の2ボランチで大町がアンカーでも良いかもしれない。コイツスタミナあるし。ガタイ、デカイし。」
「なーる。じゃ、そーすっかな」
 素直にポジションを書き換える。

「それより、驚いたよ。お前街クラブでずっとやってたろ? それともJクラブか?」
「Jも街クラブもみんな落ちたわ、素行不良で」
 口を尖らせてトラが拗ねる。
「そっか。何だお前、小学生の頃からワルだったのか?」
「知らねーよ。みんなあっちから仕掛けてくんだもん。」
 とふて腐れる様に吐き出す。
「ホントは、行きたかったよ、Jクラブに。」

 健太はトラの赤い髪の毛をワシャワシャしながら、
「これからでも遅くないだろ? 大会で活躍して認めて貰えばよいだろうに」
「だーかーらー。その大会にも出れるかどーか。っつーのはさ、今度の大会って、顧問だけじゃダメなんだわ」
「へ? 何が?」
「大会出場。審判やれるコーチか保護者がいないと、出場できねーんだってさ」
 そんな馬鹿な。振り返り聞いてみると、
「そーなんっすよ。だから、永野さんに来てもらえないと、夏まで試合ないんっすよ。」
 と小谷が切実な表情で訴えてくる。

「顧問の上田には言っときますんで、だからこのまま何とかコーチしてくれませんかね?」
 そう言われても…
「頼むよ、オッさん。また不良に絡まれたら、助けてやっからよ」
 んだよその上から目線。思わず吹き出す。
「それによ、ここでの呑み食い、全部タダにしてやっからよ」
 は? 何? マジ?
「んなのダメに決まってんだろボケ!」
 と亜弓がトラの頭を叩く。何故かそれを見て皆が沸く。この母親が子を弄ると皆が喜ぶ。何だこの関係は…

「じゃ、じゃあ、このお袋と、付き合っても良い! どうよコレで!」

 おおおおおー 中坊が興奮する。

「アホか。ご主人に殺されるわ。」

 天使が通った。それも何人もの天使が。店内は亜弓が玉葱を切る音だけが響いていた。
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