第3章 第13話

文字数 2,666文字

 一美には三人娘の同伴がちょっと不満だった。だが仕方ない。今健太の目は出来る仕事人の目なのだから。

 健太はJ R蒲田駅から電車に乗り、川崎駅で降りる。お洒落な駅ビルのエレベーターで上に上がり、あるオフィスの扉を開く。

「ちょ、ちょっと、ココって…」
「あれ、もえちゃん、知ってるの?」
「そ、そりゃアタシらサッカーファンだから… うわ…」
「ははは。そう言えば三人ともサッカー詳しいもんな」
「て、てかココって… あの…」

 三人娘が驚愕で固まっている横で一美は一人ポカンとしながら室内を見廻し、
「へー、ここが川崎フロンティア、っていう納入業者さんなんですね、なんだか明るくてお洒落ですねー」
「「「納入… 業者あー?」」」
「ええ。だって、ほらそこにお洒落なユニフォームが飾ってあるじゃない。あとポスターもこんなにいっぱい。」
「「「ハアー?」」」
「それにしてもここのユニフォームはお洒落ねえ、バレーとは全然違うわ。」
「はは、はは… いや先生、ここは…」

 その時、一人のジャージを上着がわりにした男が入ってくる。見るからに元サッカー選手だ。三人娘の一人、キョンが一眼見て悲鳴を上げる!

「飯田GM! きゃあーイケメン!」
 飯田は彼女をチラッと見て微笑み、そして健太に向き直り、
「お久しぶりです、ケンタさん」
「拓也、元気そうだな」
「ちぃ、ちょっとオッちゃん、こ、これどゆこと? あの川崎フロンティアのレジェンド、そして今やJリーグ界きっての凄腕GMの飯田拓也と知り合いって!」
「ああ、コイツはまだJに上がる前のJFL玉川電機サッカー部時代の後輩なんだ。」
「マジすか… えええ? じゃあオッちゃんって、ホントに昔…」
 飯田はキョンに、
「あれ、知らなかった? そうだ、こっちにおいで。ケンタさんも。懐かしいモン見せますよ」

 オフィスの奥には応接間があり、そこの壁にちょっと古ぼけた集合写真が飾ってある。飯田はその写真の中央を指差して、
「これ。誰だかわかる?」

 三人娘、そして一美が写真を覗き込む。嘗てJリーグで活躍した面々に混ざり、その中央でキャプテンマークを巻いているのがー
「「「お、オッちゃん!」」」
「永野さん!」
 飯田は懐かしそうな目で、

「そう。僕らがJに上がる前年までキャプテンとしてチームを引っ張ってきて、そしてJ昇格を僕らにもたらした、偉大なる大先輩が、この永野健太なんだよ。」

「マジ、知りませんでしたー、オッちゃ… 永野サンがそんなスゲー人だったなんて…」
 キョンが夢見る瞳で飯田に話す。

「だって、あの元日本代表の名ボランチ、ワールドカップ二回出場、コーチ、監督を経てGMとして就任早々に去年の天皇杯制覇の、あの飯田さんが… 永野サンの後輩…」
 飯田はやや引きながら、
「よ、よく知ってる… そう、ケンタさんはね、怪我が多くって。代表合宿に呼ばれるんだけれど、全部怪我で参加できなくって。僕はその代わりに行っただけなんだよ。」

 キョンはうっとりとした目で、
「うわ… なんて謙虚… マジ神…」
 苦笑いをした後、飯田は健太に向き直る。

「それにしても、ケンタさんが中学の部活の指導をしているなんて。営業部の頃は忙しくてサッカーどころじゃねえって、僕らのコーチ就任の要請を全部断ってたくせにー」
 キョンは目を剥いて、
「マジで? 永野サンが、フロンティアのコーチ…」
「うん。ケンタさんは教えるの上手いからねえ、それにサッカーをよく知ってる。僕もケンタさんにどれだけ教わったか。今でも感謝しきれないほどにね」

 驚愕の表情のもえとりんりんが、
「マジすか… でも、確かに…」
「うん、ウチの奴ら、あっという間に上手くなったわ…」
「だよねだよね、そーだよね」

 飯田の目がキラリと光り、
「やっぱり? どこの中学なの?」
「蒲田南中っす」
「蒲田って、ああ、大田区の。へー。今度試合観に行こうかな」
「ま、ま、マジすかっ? あの飯田GMが!」
「だって、ケンタさんが引き受けたってことは、面白い子がいるってことでしょ?」
「「「トラ、かあー」」」

 三人娘の輪唱に、
「トラ?」
 飯田が怪訝そうな顔をする。
「そーなんっす。ウチらの地元じゃ一番のワルなんっすけどー」
「先月までちょっとネンショーに入ってたんっすけどー」
 飯田の顔が一瞬にして曇る。それを見たキョンが、

「でも、サッカーは本物っす。いわゆるサッカーI Qがメチャ高いっす。あと多分。俯瞰、してるっす、プレー中に」
「へえ… 俯瞰、ね…」
 飯田の目が鋭く光り、健太の方を向く。健太は軽く頷く。
「それは、絶対観に行こうかな。」

「「「きゃーーー」」」

 皆の話を殆ど理解できなくてキョトンとしていた一美に向かい、飯田が
「ああ、それとー、上田先生? ちょっとこちらに。」

 一美は席を立ち、飯田の後を追ってオフィスの倉庫部屋に歩き出す。二人は部屋に入り、飯田が部屋の電気を点灯させると、部屋の中には幾つか段ボールが積まれている。そのうちの一つを飯田は指差しながら、

「丁度、うちのユースがユニフォーム新しくしたんですよ。それで前のユニフォームが一式余っていて。これ胸にチーム名入れれば十分使えませんか?」
 と言いながらガムテープを丁寧に剥がし、その中の一枚を広げて見せる。一美はメガネの奥の目を大きく見開いて、
「ええ! 充分に使えます! はいっ!」
「よかった。ホームとアウェー、両方ありますから。どうぞ、持っていってください」

 一美は目を伏せ、呟くように、
「そんな… あの、お幾らでしょう… お見積もりを…」
「ああ、差し上げます。勿論、タダで」
 飯田はウインクしながらニッコリ笑う。一美はかけている眼鏡よりも大きく目を見開き、

「本当ですか! 実はとっても助かります! ウチの学校の子、スパイクやユニフォームを買うことのできない家庭の子もいるんです、なので、すっごく助かります!」
 飯田は和美の耳元で、
「その代わり。いつでもいいので、二人で飲みに行きません?」
 一美は一瞬ギョッとした顔となるも、ニッコリと微笑みながら、
「ええ。このユニフォームで都大会に出られました時には、是非!」
 飯田は頭を掻きながら、
「はは… ははは… それはケンタさんに頑張ってもらわなきゃ…」

 そんな飯田と一美の二人のやりとりも知らず、健太は考える。
 そうだ。拓也に見てもらいたい。コイツなら正当にトラを評価するだろう。
 あとはアイツがどこまで真剣にサッカーを…

 どちらにせよ。トラの人生の歯車は今週末から大きく動き始める。そんな予感に胸を膨らませる健太であった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み