第4章 第14話

文字数 1,447文字

 グランドでは勝者がグランドにへたり込み、敗者は不貞腐れたように突っ立っている。
 父兄の半分は涙をハンカチや裾で拭っている。

 キョンは呆然とした表情で立ち尽くし、もえとりんりんは一美にしがみついて泣きじゃくっている。

 健太はゆっくりと相手ベンチに歩いて行く。慶王の監督がそれに気が付き、立ち上がって健太と握手を交わす。

「やられました。あの、永野先生は経験者で?」
「教師ではありません。外部指導です。昔、J F Lの玉川電機でやっていました」
「えええ! あの玉電の永野! さんでしたか! 日本代表候補の!」
 健太は気恥ずかしそうに肯く。

「あのボランチの子。良いですね。あとG K。それとF Wの小さい子。よくここまで指導されました。流石です」
 照れで顔を真っ赤にしてベンチに戻ろうとした時。

「そっか、玉電の永野、さんでしたか!」
 振り返ると、どこかで見たことのある二人組の男が健太に近づいてくる。
「我々、S C東京のユースチームの玉城と申します。こちらはコーチの志村、です」
「…お二人とも、元S C東京の… お疲れ様です…」
 健太が現役で蹴っていた頃には、バリバリのJリーガーとして活躍していた二人だった。

「いや、良い試合見せてもらいました。永野さん仕込みの良いチームじゃないですか。まるであの頃の玉電の様に」
「そんなことは… 今日はスカウトに?」
「ええ。ココだけの話、慶王の子達を見にきたんですが… あのボランチの6番。少し話させてもらえませんか?」
「松本、ですか。どうぞ」
 健太はベンチでヘタっているトラを呼び出す。

「松本、君。S C東京のU18監督の玉城です。」
「コーチの志村です。ナイスゲームだったね」
 トラは別に、と言う表情をする。
「一度、ウチの練習に参加してみないか?」
 トラは疲労困憊の表情で、
「すんません。オレ、来年から行くとこ決めてっから。」

 玉城と志村は顔を合わせる。
「それって…?」
「ああ、川崎フロンティアの栂さんトコ。ま、セレクションで受かればーだけど」
「栂… 永野さんの後輩、ですよね。そっか、そっか。それじゃ仕方ないか」
 玉城は苦笑いする。

「あのP Kの時。キミ、G Kに何て言ったの?」
 志村が興味深げにトラに聞く。
「あーあれ? キッカーの奴イラついてっから、ニヤけてやれよって」
 玉城と志村は一瞬ポカンとして、その後吹き出す。

「ねえ。川崎のセレクション落ちたら、ウチの練習に出てみないか?」
 玉城が名刺を取り出しトラに握らせる。そして呟く様に、
「オレ、結構しつこいから。」
 トラはニヤリと笑い、
「栂さんにフラれたら。世話になろっかな」

 玉城と志村は一年生の平谷のところに歩み寄り、
「ちゃんと成長してるじゃないか。なかなか良かったぞ。で。遅刻癖、相変わらずか?」
「えーっと。昨日の夜はコーチの家に泊めてもらって。今朝は起こしてくれて、楽チンでした。部活って、楽しいっすね」
 嬉しそうに微笑む平谷に二人は吹き出す。

「そ、そうか。良いな、部活。うん。でだなー」
「中学出たら。ウチ、戻って来いよ?」
 平谷はうーんと考えながら、
「試合の前の日、シムさんち泊めてもらえます?」
「「バーカ」」
「テヘ」

 その後二人は小谷の元に行き、
「今度、ウチの練習に出てみないか?」
 小谷は唖然とした後、
「ぜ、ぜひお願いしみゃす」
 と噛んでみせるとチームメイトが大爆笑する。

 それを柔らかな細い目で眺めながら、玉城は志村に、
「部活も、良いもんだな」
 と呟くと、志村も黙って深く頷いたものだった。
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