第4章 第8話

文字数 2,146文字

 キャプテンの小谷からの申し出で、四時から会議室をサッカー部の為に取った一美は職員室で仕事をしていた。三年生が三人、サッカー部に急遽入部することになったので、その手続きと登録関係のものである。

 一組の佐久と阿南は一美もよく知っている。二組の金は在日の生徒で体育の授業を通じて顔は知っている。
 次の試合には登録できないが、もし慶王中に勝利し、第一支部の二次予選に進めば彼らは試合に出場できるのだ。

 トラから送られてきた彼らのサッカー履歴に目を通す。三人とも街クラブに所属している。そのクラブがどれほど強いのか知らないが、きっと戦力となってくれるのだろう。
 その三人も今日のミーティングに参加すると言う。時計を見ると十分前である。一美は席を立ち、会議室に向かった。

「たりー。何で部活ない日に集んなきゃいけねーんだよ」
「とっとと終わらせよーな、とっとと。」
 沢渡と青木が不満げに煽る。キャプテンの小谷も
「ま、コーチからの申し送りの確認、だから。すぐ終わるっしょ」
「それより、お前らマジでこっちでやんの? こっち登録したら、クラブの方出れねーんだろ?」

 新たに蒲田南中サッカー部として登録した三人は、
「まあ、トラに頼まれたら断れねーよ」
「それな。トラが頼み事なんて初めてじゃね?」
「てか。オレはあっちでは干されてるし」

 佐久が不貞腐れながら続ける。
「もー、指導者が全然ダメ。未だに昭和な練習させて、最後には『気合だ、気合で勝て!』ってよ。もーすぐ平成終わりだっつーの」
 一美は己のことを言われている気がして、顔を赤くする。

「ま、トラとやってみたかったっつーのはアリかな。」
「それ。真剣にサッカーやってるトラ、見てみたいわ。喧嘩のトラは何度も見たけど」
 主に三年生が吹き出す。二年生は黙り込み、一年生は俯く。
「よーし。時間になったから、ミーティング始めまーす」

「ってことでー。集合時間には遅れんなよー。あと洒落乙なトコだから、あんまイキらないこと。特にトラ。わかったかー」
 特に誰も返事せず、そろそろ閉会の流れとなってきた時。

「ちょっと! あんたら!」

 キョンが机をバンと叩いて立ち上がる。
「このままじゃ、負けるよ。絶対。」

 トラを除く全員が茫然とキョンを見上げる。一美も何事かと身構える。
「いいのかよ、こんなトコで負けちゃって」

 二年生の茅野が溜息をつきながら、
「勝てっこねーじゃん。こっちは十一人ピッタリで。しかも一年坊二人いて。」
 同じく二年生の木崎も、
「相手はあの慶王だぞ。勝てっこねーって。ねえトラくん?」

 トラはジロリと木崎を睨む。木崎は少し顔が引き攣る。キョンは主に二年生を睨みつけながら、
「試合前からそんな気持ちでさあ、勝てる訳ないじゃん。何で? どーして慶王に負け前提なの? ウチら慶王に絶対勝てないの?」

 キョンに気がある茅野が、
「まあまあ、キョン、落ち着け。そりゃ誰だって勝ちてえし、上の大会行きてえよ。でも、相手が慶王となるとさ…」
「慶王だと、何なのよ?」

 二年の木崎が
「ま、何つーか、アイツら上級国民じゃん、オレら下級が勝てる訳ねーって。」

 普段は大人しい大町さえも
「かけてる金が違うし。コーチ五人? 専用グランド? 揃いの練習着に遠征用のジャージ? そんな奴らに敵うわけねーって。オレら如きが…」

 大町は言葉途中で下を向く。
 他の皆も言葉を失い、会議室はしんとなる。

「そんなん… 仕方ないじゃん。ウチらが貧乏なんてウチらのせいじゃないし」
 唸るようにキョンが吐き出す。
「それを言い訳にしていーのかなあ。貧乏を言い訳にしてさあ、勝負諦めていいのかなあ」
 俯く部員を睨めつけながらキョンは続ける。

「ウチさ、中学受験しよーとしてたんだわ」
「「「えええ?」」」

 部員達が目を丸くする。もえとりんりんは軽く頷く。
「小六の秋にさ、親の工場が倒産して。そんで受験辞めちゃったんだけださ」
「「「………」」」
「慶王、第一志望だったんだよね…」
「「「……」」」

「それまで行っていた塾をやめるときに… 仲良しだった子達が急に冷たくなって。『親が倒産したら慶王なんて絶対ムリだよねー』なんて言われて。」
「「「……」」」
「その子ら、慶王受かって、今いるんだよね… そう。あかね姐の後輩」
「「「……」」」

「ウチ、負けたくない。アイツらに、人生だけでなく、サッカーまでも負けたくない! 上級国民? 上等じゃない。ウチら下級国民が下克上出来んのって、サッカーしかなくね?」

 何人かの部員が溜息をつく。
「いやさ… キョンのその気持ちはわからなくねーけど…」
「実際試合すんの、オレらだし…」
「ちょっと、重めーって… そーゆーの…」
「そーそー。ムリムリ。勝てっこねーって」

 キョンは大粒の涙を溢しながら、
「んだよオメーら… 男のくせに… もう負け犬根性染みついてんのかよ… わかったよ。もーいーよ。アンタらに期待したウチが間違ってたわ。ハイ、じゃあサヨナラ。せいぜい頑張ってアイツらに尻尾振ってろな!」
 と言い残して会議室を駆け出て行った。

 もえとりんりんも慌てて席を立ち、
「アンタらガッカリ、だわ」
「ダサ。」
 と吐き捨ててキョンの後を追った。

 トラ以外の部員全員が、下を向いたまま顔を上げることが出来なかった。
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