第5章 第10話

文字数 1,528文字

「ケンタさん。なんか楽しそうに、やってくれちゃってますねえ」

 川崎フロンティアU15監督の高月が苦笑いしながら健太に話しかける。健太は肩を竦めながら、
「いやさ、折角あのフロンティアと試合する機会なんだから、面白い事やってこいって言ったんだよ。」
「いやー、笑える。中学の部活と試合するの滅多にないんですけど。珍しい部活ですよね?」
「そうか? オレはこんなガキ指導すんの初めてだから。こんなもんだろ?」
「いやいやいや。普通、部活は試合中笑ったりしませんって。そんな事したら顧問に怒鳴られますって。何あのトップの子。バレリーナ志望なんですか、さっきからクルクル回っては転けて。こっちの選手まで腹抱えてますよ」
「サッカーってさ。楽しいもんじゃん、特に草サッカーとかって。アイツらはさ、そんなサッカーの楽しさを知らねえんだよ。学校の規則に縛られ、家の事情に縛られ。そんな綺麗な芝生の上ではしゃぎ回った事ねー奴ばっかりなんだよ。だからさ、」

 健太は微笑みながら、
「サッカーの本当の楽しさを、知ってもらいたかったんだ。相手があのフロンティア。見たこともない天然芝。アイツら、今日の試合のことは一生忘れないさ。」

 GK小谷が大きくクリアするフリをして相手のF Wを交わすと、皆は歓喜の雄叫びだ。M F大町がこれまでの試合で一度も試した事のないダブルタッチで相手を抜き去ると、トラは大声でヨッシャーと叫ぶ。

 一本目が終わりスコアは0−3だが、皆充実した表情でベンチに戻ってくる。そして自分の成功、失敗を誇らしげに語り合ったものだ。

「しかしアイツら。中一、中二だろ? ありえねえ位うめえなー」
「それな。ミスらしいミス、全くないし」
「パスも超正確だし。笑っちゃうわー」
「「「でも、、、」」」
 一人としてその実力差に凹んでいる生徒はい、いなかった。

「よし。二本目は三年生、入るぞ。ポジションは今朝連絡した通り。いいな。」

 久しぶりの実戦に三人の街クラブ上がりの佐久、阿南、金は目を輝かせている。健太自身、三人の実戦は初めて目の当たりにする。練習では街クラブ上がりらしい、止める蹴るの技術のしっかりした子達である。どれくらいやるのだろう。少し心が躍る。

 二本目が始まり、初めはぎこちない三人であったが、何度かボールをタッチすると落ち着きを取り戻し、徐々に実力を見せ始める。

 トラの左右に配した佐久と阿南はトラのコーチングを忠実に守り、一本目に比して蒲田南のディフェンスは劇的に良くなる。左ウイングに配した金はそのスピードとキープ力が一年生の小谷とは隔絶の差があり、左サイドからの攻撃が非常に有効となってくる。

「金は身体デカイし、キープ出来るな… キョン。お前ならF Wどうする?」
「え… このまま左サイドから崩していけば…」
「そっか。じゃ、ちょっと見ていなさい。」

 健太はそう言うと、トラにトップの茅野と金をポジションチェンジするよう指示する。すると蒲田南は前線で金がポストプレーをするようになる、つまり最前線でボールを保持し左右に散らせるようになる。必然得点のチャンスが激増する。

「永野サン… これが、采配の妙、なんですね…」
「適材適所。それも状況に応じて、な」
 とニヤリと笑ったものだ。

 そして金の落としからトラの豪快なミドルシュートが決まると、全員がベンチにやってきて歓喜の輪を作る。
 健太が相手ベンチを見ると、コーチがスマホで電話をしている。試合中にプライベートな電話をする筈がない。三本目に何か面白い事でも起きるかもな。その健太の予感は的中する。

「ケンタさん。最後の一本、こっちAチーム出しますんで」

 1−1の二本目のハーフタイムに、高月がニヤリと笑いながら健太に告げた。
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