第3章 第9話

文字数 862文字

 お墓は樹木葬にしたと言う。その霊園から本牧の港が一望でき、春の日差しが三人を温かく包んでいる。

 お骨を納めたソメイヨシノの樹に向かい、二人は手を合わせる。少し離れて健太もそっと手を合わせる。

 はじめまして。永野健太と申します。
 何の御縁かわかりませんが今
 息子の寅君とサッカーをしています。
 
 そして

 奥様と仲良くさせていただいています。
 寅君は親思い、仲間思いの素晴らしい少年だと感服しています。
 奥様も子供思い、亡きご主人思いの素晴らしい女性だと思います。
 こんな私ですが
 暫くの間お二人と
 一緒に居させていただきたいと思います。
 どうか暖かく見守っていただけますよう、
 よろしくお願いいたします。

「ケンタ、なげーよ。行くぞっ」

 トラが馴れ馴れしく健太の後頭部を軽くはたき、そのまま健太の肩に手を乗せる。
 肩に感じるトラの掌の温かさが、健太の心に染み入ってくる。

 改めて納骨されたソメイヨシノを眺める。満開から数日過ぎて葉桜が垣間見れる。その樹の向こうに本牧の港が遠く眺められる。
 正直、良子と克哉とで墓参りなぞしたことがない。そんな話すら持ち上がらなかった。
 肩に手を乗せたままのトラを見る。葉桜をボーッと眺める亜弓を見る。
 これが家族、なのだ。そして本来ここにいるのは…
 不意に涙がこみ上げてくる。

 ケンシロウさん。本当はあなたが
 この掌の温もりに癒されるはずだった。
 さぞや辛かったでしょう さぞや悔しかったでしょう
 この温もりを感じることが出来なくなったことが
 それにこのトラも
 本来あなたが与える温もりを今まで…

 気が付くと健太はトラを抱きしめていた。
 自分より数センチ背が高く自分よりも筋肉質のトラをしっかりと抱き締めていた。
 トラは体を硬直させ、何だよよせよウゼーよと呟くのだが、健太の抱擁に身を委ねたままである。

 そんな二人をはじめは目を見開き見ていた亜弓も、知らず瞳から一雫の涙がこぼれ落ちる。二人に見られまいと空を見上げると、青い空にコントレールをたなびかせながら飛行機が高くゆっくりと流れて行く。
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