第3章 第3話

文字数 2,085文字

 結局、お金を使うのが勿体ない、というトラの意見を汲み入れ、二人は「スナック あゆみ」で夕食を取ることにする。

 二人が店に入ると、練習日でもないのに健太がカウンターでビールを舐めている。

「あれ、オッさん。そー言えば保護者会、どーだったよ?」
「どーもこーもねーよ。フツーにコーチやる事になったわ」
「そっか。良かったなオッさん」
「良かったのはあなたたちでしょう。ホントあなたは自分の立場が分かっていないのね、ちゃんとお願いしなさいよ。それから慶王の動画見て頂かないとでしょ?」
「おお、そーだった。オッさんさ、あのガッコスゲかったわー、ちょっと見てくれよコレ」

 頭を振りながら大きく溜息をつくあかね、そしていそいそとカウンターの健太の横に座るトラ。この二人をミキ、健太、そして亜弓の三人が口をポカンと開けながら見ている。

「なーに、トラちゃんとあかねちゃん! あんた達、付き合ってんのお?」

 体をビクリと震わせるトラ。満面の笑みを浮かべるあかね。

「ほお。そいつは、そいつは。」
「はは… ははは… ウソでしょ… トラ…」
「きゃあーーー アオハル、アオハルー!」

 全身真っ赤になり額から汗を流しながらトラは、

「オッさん、コレ観てくれ。ミキさんうるせーよ。お袋、腹減った!」
「おばさま。私も手伝います。お料理は一通り出来ますので」
「… お母さん、と呼べ…」
「は? では、お母さま。何かお手伝いしましょうか?」
「…たま… たま…」
「はあ?」
「玉葱を… 刻んで… うっうっうっ…」

 堪えきれず亜弓が顔を両手で覆う。今度はトラ、あかね、健太、そしてミキが呆然と亜弓を見つめる。
 そしてミキがポツリと、
「こんな日がさ、こんなに早く来るなんてー良かったじゃない、ママ」

 何だかよく分からないが、悲しみの涙では無さそうだ、トラは少しホッとするのであった。

「これは凄いな… 慶王ってこんなに強かったのか?」
「だな」
「特別凄いヤツはいないけど… チームとして良く纏まってる。これは手強い…」
「だよな。で。勝てそーか?」
「九人じゃムリだ。」
「そっか。じゃあ新入生を使うか?」
「ムリだろ。登録間に合わないんじゃないか?」
「聞いてみる」

 トラはスマホを弄り、通話ボタンをタップする。
「もしもし。オレオレ。あのさ、聞きてえ事があんだけどさ」
 一体誰に電話しているのだろう。

「オッさんがさ、三試合目の慶王中の試合、九人じゃぜってー勝てないって。だから新入生を使いてーんだけど。登録とかってさ、間に合うのかね? ……うん。……うん、分かった。待ってるわ。じゃ」

 スマホを置いて、
「BBAが調べてくれるってさ」
「ババア言うな!」
 と言って亜弓が包丁の背でトラの頭を叩く。硬直する健太にトラが頭を抑えながら、

「んで、掛け直すって。いってーな、んだよお袋、BBAの事嫌ってただろーが」
「いーや。アイツは根性入ってる。お前らのこと真剣に考えてる。今時、大したヤツよ」
「…そ、そっか。」
「そーよ。だからババアなんて言ったら殺すぞトラ」
「へいへい。」

「そうよトラくん。永野さんのこともオッさんは駄目でしょ。ちゃんと永野さんとかコーチって呼ばなきゃ。永野さんもこんな中学生にオッさん呼ばわりされたら注意しなければ。大人がちゃんと子供を導かねば日本の将来はどうなりますか?」

 ミキがパチパチと拍手しながら、
「ママー、いい子が来たねえ。こんな子がトラちゃんの彼女なんて… てか、トラちゃん、あんた大変ね、こんなしっかりした子が彼女なんて… きゃはは」

 一人ウケるミキを無視してトラは、
「っかったよ、ウッセーな。そんじゃー、ケンタ。これでいいだろ」
「ケンタ、さん。目上の人には「さん」を付けなければダメでしょ」
「目上っつってもなあ。酔っ払いのゲロ塗― いってー」

 亜弓が再度包丁の背でトラの頭を叩く。
 健太は堪らず吹き出す。
「いいんだよ、あかねちゃん。俺はそんな大した人間じゃないし。」
「でも…」
 トラのスマホが鳴動する。

「ほーん。そーなん。あ、確かユーキの弟が入ってくるわ。ユージっつーんだけど、街クラブでやってて結構ツエーって。ユーキに言っとくわー。サンキューな。は? 今? ウチだけど。え? そーそー。家の下のスナック。ハア? 今から? マジで? え、ちょ、ちょっ…」

 顔を蒼ざめながら電話を切るトラに、
「登録、大丈夫なんだな?」
「だってさ。それより、B… オバはんが今からここ来るって…」
 亜弓の顔がパッと明るくなる。
「あら、さっそくねえ」
「は?」
「保護者会の時にね。試合の日にはさ、おにぎる作るからここに取りに来てって言ったのさ」
「今日、試合じゃねーし」
「いーじゃんか。あの人お酒飲むのかしら」

 明様に嫌そうな顔をするトラに健太は
「だよな。先生が家に来るって、結構辛いわな」
「だべ? 上あがろっかなあ」
「ま、いーじゃないか。それよりトラ、小谷の弟、ポジションは?」
「前かな。ちっちぇーけどちょこまかして足はえーんだわ」
「前、な。あと一人。使える子入らないかなあ」
「ユーキに聞いとくわ。」

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