第3章 第12話

文字数 1,740文字

 大田区立蒲田南中学校の入学式が恙無く終わった、その昼過ぎ。健太のスマホが鳴動する。

『ユニフォームの件で相談があります。この後時間はあるでしょうか』

 一美からのメッセージである。

 健太は一美と何度かメッセージのやり取りをし、三時にJ R蒲田駅近くの喫茶店で待ち合わせをすることになる。
 生憎の雨模様の中、傘をさして家を出て、東急多摩川線で蒲田駅に到着し、約束の喫茶店へ入ると既に一美は席についており、一心にスマホを眺めていた。

「ごめんね、遅くなって」
「いえ、私が早く来過ぎました」

 最高の笑顔で健太に笑いかける。
 健太は胸の鼓動が早くなり、赤面するのを感じる。
 不思議なことに、上田先生は会うごとに綺麗になっていく。
 学生時代、あまり学業に精を出さなかったせいもあるが、健太は学校の先生が元来苦手である。在学中も、卒業後も、そしてこうして社会人になってさえも。
 
 なので初めて一美と会ったころは本当に彼女が苦手だった。だが一美がトラと打ち解けていくに従い、健太も少しずつ一美の魅力に気づき始め、今やこうして近くで対面するだけでドキマギしてしまう。

 一美も保護者会以来、すっかり健太に夢中であり、今日も別に会って打ち合わせる用事ではないのだが、わざわざ健太を呼び出して、今日こそは想いを伝えよう、そう意気込んでいるのである。
 偶々午前中に入学式があったので、スーツ姿である。また、健太がメガネを外した上田先生は中々良い、と言ったことを三人娘達から聞き出していたので、今日からメガネをやめてコンタクトにしたのだ。
 その効果は抜群のようだ、健太は一美の顔から目が離せなくなっているー

「それで、ユニフォームの件だけど、どうなったのかな?」
 と一応今日の用事に即した質問をするのだが実は上の空で、メガネを外すとよく見える潤んだ大きな瞳の虜となっている。

(おっしゃ、かずみん。出だし好調じゃね?)
(オッちゃん、ガン見してるわー、いーねー)
(今日こそ行くとこまで行っちゃえよお、かずみん)

 二人から外れた席で今日も大人の恋に胸キュンなもえ、キョン、りんりん達である。

「ビックリしました、正副二着をフルセットで揃えるなんて…」
「それと。何人かは今履いているスパイクじゃ試合に出られないんだ」
「そ、そうなんですか…」
「うん。ユニフォーム二セットに新しいスパイク。全部で四〜五万円はかかるよね」
「…そうですね… 部費で補填できればいいのですが… 部費は大会参加費と試合球の購入で既にないんです」
「うーーん、なんかいい手はないかな。そうだ、ユニフォームは何処で作っているの?」
「ずっと前から納入してもらっている地元の業者なんです。そこに見積もり出してもらって…」
「そうかー。ちょっと待ってて。」

 健太は立ち上がり、喫茶店の外に出て電話をかける。
 カッコイイ! 今の一連の仕草なんて出来る男、って感じ!
 一美は健太の後ろ姿に惚れ惚れとしてしまう。

(目がハートになってるし)
(ま、確かに今日のオッちゃん、ちょっとアリかも)
(それな。最近ちょっとオッちゃん臭くない、かもー)

 暫くして一美の元に戻り、
「今、会社のサッカー関係者に聞いたんだけど。そいつの口利きで川崎の業者が殆ど儲けなしで見積もり出してくれるかもって」

 凄い。コレぞ一流のオトコ…
 一美がこれまで見てきた男達は、仕事に息詰まると

① 諦める
② 逃げる
③ 他人に振る

 のどれかであった。本当にロクな男達に恵まれなかったものだ。

 だが、この人は違う。今もどこか目が活き活きとして、何か困難を楽しんですらいる様子なのだ。一美の周りに今までこんな男は居なかった。

「それでさ、サンプルを見せてくれるって言うんだけど、これから時間あるk―」
「あります!」
「お、おお。じ、じゃあ行こうか」
 店内に響き渡る声に圧倒されながら、健太は立ち上がる。

 そしてゆっくりと三人娘の元に歩いて行き、
「聞いたよ。正式にマネージャーになったんだってな」
 と優しく微笑みかける。

「うわ… あ、ハイ」
「マジか… え、ハイ」
「バレてた… まあ、ハイ」
「これから宜しくな。早速なんだけど、これからユニフォームのサンプルを見に行くんだ。一緒に付き合ってくれないかな?」

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