第1章 第1話
文字数 586文字
三月も終わりに近づき、桜の花もチラホラ見られる様になり、永野健太は多摩川土手にしゃがみ込んで一人、夜桜を眺めていた。
川の向こうには健太の勤めている玉川エレクトロニクスの工場の灯が見える。こうして夜桜をゆっくりと眺めるのなんて、いつ以来だろう。毎年開かれていた部内の花見の宴で花を愛でることなどなかった健太にとって、土手沿いの街頭に淡く照らされた夜桜の幽玄さはちょっとした驚きであった。
溜息を一つつき、コンビニの袋に入っている缶酎ハイを一本取り出し、蓋を開け口に含む。
不意に、同期入社の須坂人事部長の冷たい言葉が脳裏に蘇る。
「永野の部長職の任を解き、しかるべき部署に転属とすることを決定した」
缶酎ハイを握る手が震える。どうして、どうして俺が…
健太は顔を上げ、川向こうの工場の灯を睨みつける。
そう言えば良子と克哉は元気にしているだろうか?
去年離婚して以来一度も会っていない。今年大学二年生になる克哉とは接見を禁止されている。そんな家族に想いを馳せようとした、その時。
ジャリジャリ複数の雑な足音が近付いたと思うと、四人の中学生らしき不良達が健太を囲んでいた。
金髪の小僧がニヤニヤしながら軽い口調で、
「おっさん、カネ。カネちょうだい」
一人息子との思い出に浸ろうとしていた健太の酔眼が細まる。
「いま、何て言った?」
缶酎ハイを片手に健太はゆっくりと立ち上がる。
川の向こうには健太の勤めている玉川エレクトロニクスの工場の灯が見える。こうして夜桜をゆっくりと眺めるのなんて、いつ以来だろう。毎年開かれていた部内の花見の宴で花を愛でることなどなかった健太にとって、土手沿いの街頭に淡く照らされた夜桜の幽玄さはちょっとした驚きであった。
溜息を一つつき、コンビニの袋に入っている缶酎ハイを一本取り出し、蓋を開け口に含む。
不意に、同期入社の須坂人事部長の冷たい言葉が脳裏に蘇る。
「永野の部長職の任を解き、しかるべき部署に転属とすることを決定した」
缶酎ハイを握る手が震える。どうして、どうして俺が…
健太は顔を上げ、川向こうの工場の灯を睨みつける。
そう言えば良子と克哉は元気にしているだろうか?
去年離婚して以来一度も会っていない。今年大学二年生になる克哉とは接見を禁止されている。そんな家族に想いを馳せようとした、その時。
ジャリジャリ複数の雑な足音が近付いたと思うと、四人の中学生らしき不良達が健太を囲んでいた。
金髪の小僧がニヤニヤしながら軽い口調で、
「おっさん、カネ。カネちょうだい」
一人息子との思い出に浸ろうとしていた健太の酔眼が細まる。
「いま、何て言った?」
缶酎ハイを片手に健太はゆっくりと立ち上がる。