第6章 第8話

文字数 1,315文字

「で。何だよ話って。」

「ん? ああ、実は、さ…」

 隣で幸せに酔い潰れている亜弓、その隣で幸せに満腹で転寝しているトラ、を細目で眺めながら、

「クイーン、この子、どう思う?」
「んだよケンタ。まだ告ってねーのか?」
「ば、バカ。まだだって…」
「ったくテメーは昔から女っ気薄いっつーか、女心わかってねーっつーか…」

 クイーンは溜息をつきながら、
「コイツ。お前にゾッコンじゃねーか。良かったなケンタ♪」
「ま、マジか? 本当か?」
「…… 忍―、何とか言ってやれよ… このタコ野郎に」
「メチャ、似合いじゃないっすか。二人、っつーか、三人。」

 健太は忍を見返しながら、

「え? 三人?」
「うん。アンタら、どー見ても、親子だし。」
「ホント?」
「うん。ホント」
「そっか…」

 トラが薄目を開けている事に、健太だけ気づいていないし。

「オレさ、前の妻との間に、今大学生の息子がいたんだわ」
「ああ、前言ってたな。そんで?」
「そいつにさ。父親らしい事、何一つしてやれなかったんだわ」
「ふーん」
「なあ、人間って、やり直せんのかな…」

 トラがビクリとする。やり直すって、誰と…?

「コイツらと、家族になって、」

 トラが硬直する。ケンタが、父親。オレに、父親…

「やり直し、出来るのかな…」

 クイーンはタバコを口に加える。すかさず忍がそれに火を付ける。

「問題、なし。オメーら、なら。な」
「そーっすね。問題、ないっす。な、坊主」

 忍はそう言いながらトラの頭をポンと叩く。トラは慌てて寝たふりをする。

「そっかな。そっか。うん。わかった。そっかー」

 健太は何度も一人で頷く。トラは思いがけない健太の告白に、胸がジワジワと暖かくなってくる。オレに父親… 親父… 嘘だろ、マジかよ、ホントかよ…

 そんなやり取りに全く気づかず、爆睡している亜弓を見て、
「うん、コイツなら、ケンタにピッタリかもな。お似合いだよ」
 健太はニッコリと笑う。

「そう言えば、島田は今独身なのか? 孫がいるって言ってたよな?」
「おお、花のアラフィフ独身よ。カッケーだろ? カッカッカー」
「そー言えば、あの頃お前さ、バスケ部の金光に惚れてなかったっけ?」

 クイーンのタバコが口からポロリと落ちる。

「生徒会もやってた真面目な堅物。あいつと一昨年かな、大手町で偶然会ったよ」
クイーンがズンと前に乗り出し、
「それで?」

「東京三葉銀行の… どっかの、支店長やってたんだけど… 奥さん、ちょっと前に亡くなったって。聞いたか?」
 クイーンは唖然とした表情で凍り付く。奥さんが、亡くなった、だと…

「そ、そんなの、聞いてねえし、知らね、えし…」
「そんで、娘と一緒に門仲の実家に戻ってるって言ってたぞ。この辺にいんじゃねえか?」

 目をクワっと開き、鬼の形相で
「マジか!」

 健太はその迫力に五十センチほど下がりつつ、
「ああ。あの、高橋健太あたり、知ってんじゃね?」

 急に恐ろしげな表情で、
「あの野郎。そんな事、ひとっことも…」
「はは。金光と高橋、仲良かったよな。あー、懐かしい。みんな元気かなあ…」

「そっか。あの人、この街に帰ってきているのね…」

 一瞬、クイーンが清純派の美魔女に見え、その神々しさにトラは思わず息を呑んだものだった。
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