第4章 第7話
文字数 1,841文字
「っベー、脛当て置いてきたかも」
トラが思い出したように叫ぶ。
「お前ら先帰ってて。オレちょっと取ってくるわー」
「私も行くわ」
「おお、サンキュ」
するともえが、
「トラくん、ちょっとキョンの様子見てきてくんね? オッちゃんに話あるからってまだグランドに居るはずなんだ…」
「ほーん。わかった」
トラとあかねは飯田橋駅に入っていく皆と別れ、運動場に引き返す。
「キョンちゃんどうしたのかしら。そう言えば今日は様子が変だったわ。何か思い詰めたような表情だったの、試合前から試合終わった後も…」
トラはそうだったかな、と思い返すが全く思い当たらない。キョンは女にしては非常にサッカーに詳しく、下手をするとヨーロッパサッカーやJリーグに関してはチーム一の知識を持っているかも知れない。
戦術にも詳しく、先週キョンとゲーゲンプレスについて語り合ったが、トラは途中から話についていけなくなるほどであった。
運動場の入り口からロッカールームに入り、トラは脛当てを見つける。
「全く。そんな事ではプロフェッショナルには程遠いわ。仕事道具を忘れるなんて。これは寿司職人が包丁を忘れるようなものなのよ」
トラは素直に反省する。あかねの言う通りだ。二度とグランドに忘れ物をしない。サッカー用具をもっと大事に扱う。そう決心して運動場を出ようとした時。
「このままじゃ、来週の試合、勝てっこないよ!」
キョンの悲痛な叫び声が廊下に響いた。
トラとあかねは慌てて物陰に隠れ、キョンと健太をそっと伺う。
「今日ウチが勝った番町中、慶王に何点差で負けたと思います?」
「昨日の試合か。確か0−7だったか?」
「0―8です。その相手に、ウチは3−1。やっと勝てた、んだよ」
「そうだな」
「ねえ永野サン、これじゃ来週、ウチら絶対勝てないよ」
「でも来週、新一年が二人入るから、少なくとも十一人―」
「そんな問題じゃなくって。今のままじゃ、今の戦術とアイツらの意識じゃ、絶対勝てないよ。それは永野サンもわかってんでしょ?」
健太は嬉しそうに、
「ああ勿論。しかし、よく…」
「こんな相手にやっと勝って、それに満足して… 勝てないよ、このままじゃ…」
「キョンちゃん、」
「アタシ、勝ちたいよ」
キョンの両目に涙が溢れ出す。
「このメンバーで、慶王、に勝ちたいよ」
トラは両手をキツく握り締める。その手をあかねはそっと包み込む。
「そんでさあ、ひっく」
しゃくり上げながらキョンは
「もっと上の大会、出たいよ、みんなで… このメンバーで…」
絞り出すように健太に訴えかける。
健太は深く頷きながら、キョンの両肩に手を乗せる。
「オレも同じだよキョンちゃん。来週、慶王に勝ちたい。いや、絶対、勝つ。」
キョンは少し頬を赧め、健太を見上げ、
「それ、それって、どーすれば…」
「いいかい。今から言うことを忘れるな。まず明日。生徒達だけでミーティングを開くんだ」
キョンは慌ててバッグから手帳を取り出し、メモを取り始める。
「そして、……」
声を潜め真剣に健太はキョンに指示を与える。
トラはあかねの手を握り、その場をそっと離れる。
「あの子… どうしてあんなに真剣なのかしら…」
あかねは首を傾げながらトラに問う。
「それな。ちょっと引くわー」
目が細くなり
「ハア? あなた何てことを… 信じられない…」
「うそうそうそ… いや、でもちょっと重たいと言うか…」
「どうしてそんな風に考えるかなあ」
トラはちょっと膨れっ面になりながら、
「だってそーだろ。アイツにとっては自分が出てる試合じゃねーし。何でオレらの試合にあんな真剣になれるのかって。オメーもそー言ってろーが」
「それはそうだけれど。でもね、彼女みたいに他人の事であれ程真剣になれるってすごいことだとは思えない? 」
トラは後頭部をボリボリ掻きながら、
「まあ、そーだな。」
「逆に。あなたなら出来るかしらあそこまで真剣に?」
俯き大きく息を吐き出しながら、
「んーーー、ムリかも」
「でしょう。だからあの子は凄いのよ。わかった?」
「? 良く分かんねーけど。ただ同じなのは。来週、ぜってー勝ちてえってコト」
あかねはトラの手をしっかりと握り、
「それね。だから明日のミーティングはあなたしっかりなさいよ。いつもみたいにスマホいじって他人任せじゃ絶対ダメ。いい?」
「……なあ」
「何?」
「オレって、既にオメーに尻にひかれてね?」
あかねは大きく胸を張り、
「だとしたら、それが何?」
「いえ… 何でもねーっす」
意外に心地よいトラなのである。
トラが思い出したように叫ぶ。
「お前ら先帰ってて。オレちょっと取ってくるわー」
「私も行くわ」
「おお、サンキュ」
するともえが、
「トラくん、ちょっとキョンの様子見てきてくんね? オッちゃんに話あるからってまだグランドに居るはずなんだ…」
「ほーん。わかった」
トラとあかねは飯田橋駅に入っていく皆と別れ、運動場に引き返す。
「キョンちゃんどうしたのかしら。そう言えば今日は様子が変だったわ。何か思い詰めたような表情だったの、試合前から試合終わった後も…」
トラはそうだったかな、と思い返すが全く思い当たらない。キョンは女にしては非常にサッカーに詳しく、下手をするとヨーロッパサッカーやJリーグに関してはチーム一の知識を持っているかも知れない。
戦術にも詳しく、先週キョンとゲーゲンプレスについて語り合ったが、トラは途中から話についていけなくなるほどであった。
運動場の入り口からロッカールームに入り、トラは脛当てを見つける。
「全く。そんな事ではプロフェッショナルには程遠いわ。仕事道具を忘れるなんて。これは寿司職人が包丁を忘れるようなものなのよ」
トラは素直に反省する。あかねの言う通りだ。二度とグランドに忘れ物をしない。サッカー用具をもっと大事に扱う。そう決心して運動場を出ようとした時。
「このままじゃ、来週の試合、勝てっこないよ!」
キョンの悲痛な叫び声が廊下に響いた。
トラとあかねは慌てて物陰に隠れ、キョンと健太をそっと伺う。
「今日ウチが勝った番町中、慶王に何点差で負けたと思います?」
「昨日の試合か。確か0−7だったか?」
「0―8です。その相手に、ウチは3−1。やっと勝てた、んだよ」
「そうだな」
「ねえ永野サン、これじゃ来週、ウチら絶対勝てないよ」
「でも来週、新一年が二人入るから、少なくとも十一人―」
「そんな問題じゃなくって。今のままじゃ、今の戦術とアイツらの意識じゃ、絶対勝てないよ。それは永野サンもわかってんでしょ?」
健太は嬉しそうに、
「ああ勿論。しかし、よく…」
「こんな相手にやっと勝って、それに満足して… 勝てないよ、このままじゃ…」
「キョンちゃん、」
「アタシ、勝ちたいよ」
キョンの両目に涙が溢れ出す。
「このメンバーで、慶王、に勝ちたいよ」
トラは両手をキツく握り締める。その手をあかねはそっと包み込む。
「そんでさあ、ひっく」
しゃくり上げながらキョンは
「もっと上の大会、出たいよ、みんなで… このメンバーで…」
絞り出すように健太に訴えかける。
健太は深く頷きながら、キョンの両肩に手を乗せる。
「オレも同じだよキョンちゃん。来週、慶王に勝ちたい。いや、絶対、勝つ。」
キョンは少し頬を赧め、健太を見上げ、
「それ、それって、どーすれば…」
「いいかい。今から言うことを忘れるな。まず明日。生徒達だけでミーティングを開くんだ」
キョンは慌ててバッグから手帳を取り出し、メモを取り始める。
「そして、……」
声を潜め真剣に健太はキョンに指示を与える。
トラはあかねの手を握り、その場をそっと離れる。
「あの子… どうしてあんなに真剣なのかしら…」
あかねは首を傾げながらトラに問う。
「それな。ちょっと引くわー」
目が細くなり
「ハア? あなた何てことを… 信じられない…」
「うそうそうそ… いや、でもちょっと重たいと言うか…」
「どうしてそんな風に考えるかなあ」
トラはちょっと膨れっ面になりながら、
「だってそーだろ。アイツにとっては自分が出てる試合じゃねーし。何でオレらの試合にあんな真剣になれるのかって。オメーもそー言ってろーが」
「それはそうだけれど。でもね、彼女みたいに他人の事であれ程真剣になれるってすごいことだとは思えない? 」
トラは後頭部をボリボリ掻きながら、
「まあ、そーだな。」
「逆に。あなたなら出来るかしらあそこまで真剣に?」
俯き大きく息を吐き出しながら、
「んーーー、ムリかも」
「でしょう。だからあの子は凄いのよ。わかった?」
「? 良く分かんねーけど。ただ同じなのは。来週、ぜってー勝ちてえってコト」
あかねはトラの手をしっかりと握り、
「それね。だから明日のミーティングはあなたしっかりなさいよ。いつもみたいにスマホいじって他人任せじゃ絶対ダメ。いい?」
「……なあ」
「何?」
「オレって、既にオメーに尻にひかれてね?」
あかねは大きく胸を張り、
「だとしたら、それが何?」
「いえ… 何でもねーっす」
意外に心地よいトラなのである。