第5章 第12話

文字数 2,217文字

「どったの永野さん〜 珍しい、電話してくるなんて… えー何何―? あもしかしてアレ? クイーンの店に連れてってk―」

「亜弓ちゃん。落ち着いて聞いてくれ」

「…へ? あ、うん。ハイ。な、何? ドキドキ…」

「トラが、どうやら事件に巻き込まれたらしい」
「へ? ああ、そんな事? へーきへーき。そんなんしょっちゅうだし。むしろ、あいt」
「あかねちゃんが、拉致されたらしい」

「…んだと?」

「蒲田のトラの不良仲間に、あかねちゃんが拉致されて、それをトラが一人で助けに行ったんだ。でも相手は車に乗っている様な相手、即ち大人なんだ、これはかなりマズいと思う…」
「車って? どんな車?」
「えーと、岡谷、何という車種か覚えて… そうか、ああいいよ、仕方ないよな… 亜弓ちゃん、黒いワゴンという事しか分からない…」
「ふーん。あと、なんか手がかりになるコトある?」
「ああ。拉致られた場所は恐らく、鶴見。それと、そいつらのメンバーに、去年岡谷に暴行を加えた奴がいるらしい」
「ん。ありがと。それで十分。永野さん、ウチで待っててくれるかな?」
「わ、わかった。すぐに行く… あの、警察には…」
「んー、いいから任せといて。じゃ。」

 一方的に切れた電話に呆然としながら、健太の脇に冷たい汗が流れた。

「姐さん… 大丈夫、かな…」
 もえが止まらぬ涙を拭いながら呟く。

「大丈夫。トラくんがなんとかするって… でも、永野サン、もしまた警察沙汰になったら、トラくん…」
「ああ、また少年院とかに入ったら… いや、それより、大怪我とかさせられたりしたら…」

 もえの悲鳴が電車の中に響き渡る。りんりんがもえをギュッと抱きしめる。
「とにかく… 亜弓さんの店に行こう。そして対策を練ろう」
「それじゃ、遅いよ… やっぱ警察に言おうよ、ね、コーチ」
「ダメだよ、そんなコトしたら、トラくん殺されちゃうよ… アイツらに… あとあかね姐さんも…」

 ヒイー もえの悲鳴が再度響き渡る。
 健太はマネージャー三人と岡谷を除き、速やかに帰宅させる様、見回りから戻った一美に指示した。皆納得のいかない顔だったが、

「大丈夫だ。状況は逐一グループに流す。だから家で大人しくしていろ。わかったな?」
 そう言って皆を宥める。
「そうよみんな。後は永野さんに任せて、家に帰りなさい!」
 健太は一美をじっと見つめ、
「先生。後はよろしくお願いします」
「わかりました…」

 一美は事態の重さを察し、残りの生徒達の安全を引き受けたのだった。

 自分に出来ることは何だ? 自問するが答えは何も出てこない。ただ一つだけ。これだけは健太がやらねばならない事がある。

 京浜急行の雑色駅を降りると健太は
「電話をしなければならない。先に行っててくれ」
 と言い、四人を「スナック あゆみ」に向かわせた後、大きく深呼吸をしてから一本の電話をかける。

「まさか君から電話があるとは… ひょっとしてあかねかトラ君から何かを聞いたのか?」
「何のことだ。その件は全く知らん。それより。報告がある」
「何だ?」
「あかねちゃんが、トラをよく思わない奴らに拉致された」
「…… 何だって?」
「トラがその現場に一人で向かっている」
「警察には?」
「連絡したら殺す、と脅されているらしいが、連絡するつもりだ」
「ああ、そうしてくれ。私も知り合いの警察署長に相談してみる」
「須坂… すまない。俺がいながら、こんな事になってしまって…」
「…… 兎に角妻には内緒にしておく。そして出来れば大事にしたくない。内々で解決してもらいたい。言っている意味がわかるな?」
「ああ。その方向で動こうと思う」
「永野」
「何だ?」
「頼む」

 その一言で電話は切れた。
 健太はスマホを尻ポケットに入れて「スナック あゆみ」に駆け出した。

 入り口の扉に「準備中」の札が下がっている。
 戸を押し、健太が中に入ると、亜弓は電話の真っ最中、スタッフのミキもスマホに何やら怒鳴りつけている様子だ。

 カウンターの席には岡谷とマネージャーのもえが座り、亜弓が通話の合間にあれこれ事情を聞いている様だ。それをキョンとりんりんが見守っている。
 よっしゃ。と大声で電話を切ると、亜弓が健太に向き直り、

「永野サン。多分、大丈夫。安心して待ってて」
「あの、警察には…」
「連絡した。それも大丈夫。優秀なデカに頼んだから」
「そ、そうか…」

 ミキが近寄ってきて、
「そ。安心して永野さん。あかねちゃんも必ず無事に保護されると思う」
 健太にはこの二人が根拠なく安心しろと言う筈はない、と感じていたが、ではその根拠は何か、と深く突っ込む事が出来なかった。

 きっと健太の窺い知れない裏の事情や裏人脈を駆使してるに違いない。だがそれを一々聞き出そうとは思わなかった。
「この子達… もう帰宅させて、いいかな?」
 亜弓は首を縦に振ったが、
「いや、コーチ。俺、残ります… 二人が無事であるのがわかるまで」
「「「ウチらも」」」
「でも、何時になるかわからないし。わかり次第連絡するから…」
「「「「イヤだ!」」」」 

 健太はふーと溜息をつき、
「じゃあ、遅くなると親には連絡しておけ」
と言う事しか出来なかった。
「永野サン。後はそのデカに任せて。ねえ、お腹空いてない?」

 全く空いていない、食欲どころじゃない、と言いながらお腹がギュルルとなり、一拍して亜弓とミキが爆笑し、
「よし。今夜はアタシの奢りだ。焼きそばでいいか?」

 健太と四人の生徒は力なく頷くしかなかった。
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