第4章 第13話
文字数 2,260文字
「あの赤髪、いいな…」
「いい、ですね」
「スタミナはないに等しいが。ああいうの、クラブチームにはいないよな…」
「全身でチームを鼓舞してますよね。長谷部と闘莉王を足して二で割った感じですね」
「上手いこと言うな。そんな感じだ。欲しい。」
「欲しい、っすね」
「よし。後で監督のとこに挨拶行くぞ」
「はい。今日は思わぬ収穫がありましたね」
「あと二分位か?」
「ですかね。おおおー」
蒲田側の応援席から大歓声が上がる!
「行けえ! ブチ抜けえーーー!」
ゴール前に放り込まれたロングボールを相手F Wに競り勝った小谷が何とかキャッチする。その瞬間。
「押し上げろ! 行くぞ!」
トラが大声で叫ぶ。
全員がそれを待っていたかの如く、前方に走り出す。
小谷がトラにボールを渡す。トラがドリブルで持ち上がる。
チェックに来た相手を二枚剥がしてから、最前線の茅野とアイコンタクトを交わす。トラは敢えて視線を茅野から外し、右サイドを駆け上がる平谷にパスを出そうとすると相手がそのパスコースに入ってくる。
茅野との間に一筋の光の線が見えた気がする、その線に沿って、トラはバックスピンをかけ正確に蹴り出す。
意表を突かれた慶王守備陣は全く対応出来ず、茅野は独走体勢となる。
応援の父兄から悲鳴の様な声援が湧き上がる。不思議な事に茅野はその声援を全く認知していない。トラからのパスを前方に逸らし相手ゴールに走り出すと、音が消えたのだった。
実は茅野が今履いているスパイクは健太から貰ったものだった。それまで履いていたのものは穴が空き、試合では履けないので新たに購入する様に健太に言われたのだが、茅野家にその余裕が無かった。
ある日の練習後、その事を健太に伝えに行くと、
「そっか… すまなかった。恥かかせたな…」
そして練習後、二人で川崎にある格安スポーツ店に行き、茅野の足に合うスパイクを健太が購入した。
「大人になったら、酒奢ってくれよ。それでチャラな」
茅野は返す言葉を知らなかった。まさかコーチがスパイクを買い与えてくれるなんて… マンガやアニメの世界ではアルアルだが、このしょぼくれた現実社会でこんなことが実際に起こるとは…
何も言えず、お礼も言えず。ただ口をパクパクさせている茅野に、
「俺への感謝なんていい。それより、みんなの為、チームの為に走ってくれ。それとー」
「それと?」
「キョンの為。わかったか?」
キョンに気がある茅野は真っ赤な顔で、だが嬉しそうに満面の笑顔で大きく頷いた。
「お願い… 決めて…」
キョンが呟く。
一美は思わず顔を手で覆ってしまう。
もえとりんりんは大声で叫ぶ。
健太は彼女達を眺めながら、思わず笑みが溢れる。思いが強いほど、叫べなくなる、見られなくなる。応援の父兄達もそうだ。母親達は皆顔を覆っている。そんなもんだ。
あ。一人だけ、違う女性がいる。まるで
スーパーモデルのように格好良く腰に手を当てて、茅野のドリブルをキッと睨み付け仁王立ちしている。その美しい佇まいに目を細めていると!
父兄達が、爆発、する。
夫、妻、構いなく抱き合って、飛び跳ねる!
体に衝撃を感じる。もえとりんりんがタックルしてきた様だ。
キョンは一人、ガッツポーズを深く決め、そして徐に
「残り少し! 集中しろ!」
と檄を飛ばす。
一美は覆っていた手を上に掲げ、バレーボールのアタッカーさながら飛び跳ねている。
そんな様子を微笑みながら眺めていると、
「コーチ!」
と大声で叫びながら目に涙を浮かべた茅野が健太に抱きついてくる。相手ゴールからベンチまでわざわざ駆けつけたのだ。
「ハハハ。あの監督、慕われてますねえ」
志村が半分冗談、半分本気で玉城に言うと、
「それは俺への嫌味か? まあ確かにあんなシーン、一度も経験ねえけど…」
「こういうのって、いいなあ。指導者冥利ですよね…」
「ちょっと羨ましい…」
「ちょ、ちょっと玉城さん… なに、マジで羨ましいの? だ、大丈夫、玉城さん十分選手から慕われてるから。多分。」
「そ、そうか?」
「うん。きっと」
「きっと?」
「ちょっと、面倒臭い… あ、慶王これ、決めるかも!」
「おおお!」
グランドに絶叫が鳴り響くー
初めてコーチのシュートを受けた時の衝撃は忘れられない。
それまでもトラのシュートとか受けていたから、キャッチングにはそこそこ自信があったのだが、あの日オレは一球もマトモに掴めなかった… 大人の、プロ(じゃないけど)のシュートの威力は信じられなかった。
あの日以来、練習後にコーチにシュートを蹴ってもらってきた。スピードにも威力にもだいぶ慣れてきた。
正直、中学生のシュートなんて怖くなくなった。たとえ慶王でさえも。
ラストワンプレー。相手の10番がミドルから打ってくる。
ああ、これは三月までだったら決められてたわ。
でも。今はこのシュート、止まって見えるわ。
あれ。景色、止まってる?
ボールの回転も見えるわ。
右手を伸ばす。必ず届く。
ボールがゆっくり近づく。それに右手を伸ばしていく。
ボールと右の拳がぶつかる。ボールが弾かれてゴールバーに当たり、外に跳ねていく。
ほらな。止めてやったぜ。コーチのシュートに比べたら。大したことないし。
立ち上がってベンチを見ると、コーチがガッツポーズをくれる。
鳥肌がたった。メッチャ、嬉しい。
相手コーナーキックがゴールのサイドネットに突き刺さり、ゴールキックとなる。
レフリーがホイッスルを大きく鳴らす。
勝った。
俺たち、慶王に、勝ったああああああぁぁぁ!
「いい、ですね」
「スタミナはないに等しいが。ああいうの、クラブチームにはいないよな…」
「全身でチームを鼓舞してますよね。長谷部と闘莉王を足して二で割った感じですね」
「上手いこと言うな。そんな感じだ。欲しい。」
「欲しい、っすね」
「よし。後で監督のとこに挨拶行くぞ」
「はい。今日は思わぬ収穫がありましたね」
「あと二分位か?」
「ですかね。おおおー」
蒲田側の応援席から大歓声が上がる!
「行けえ! ブチ抜けえーーー!」
ゴール前に放り込まれたロングボールを相手F Wに競り勝った小谷が何とかキャッチする。その瞬間。
「押し上げろ! 行くぞ!」
トラが大声で叫ぶ。
全員がそれを待っていたかの如く、前方に走り出す。
小谷がトラにボールを渡す。トラがドリブルで持ち上がる。
チェックに来た相手を二枚剥がしてから、最前線の茅野とアイコンタクトを交わす。トラは敢えて視線を茅野から外し、右サイドを駆け上がる平谷にパスを出そうとすると相手がそのパスコースに入ってくる。
茅野との間に一筋の光の線が見えた気がする、その線に沿って、トラはバックスピンをかけ正確に蹴り出す。
意表を突かれた慶王守備陣は全く対応出来ず、茅野は独走体勢となる。
応援の父兄から悲鳴の様な声援が湧き上がる。不思議な事に茅野はその声援を全く認知していない。トラからのパスを前方に逸らし相手ゴールに走り出すと、音が消えたのだった。
実は茅野が今履いているスパイクは健太から貰ったものだった。それまで履いていたのものは穴が空き、試合では履けないので新たに購入する様に健太に言われたのだが、茅野家にその余裕が無かった。
ある日の練習後、その事を健太に伝えに行くと、
「そっか… すまなかった。恥かかせたな…」
そして練習後、二人で川崎にある格安スポーツ店に行き、茅野の足に合うスパイクを健太が購入した。
「大人になったら、酒奢ってくれよ。それでチャラな」
茅野は返す言葉を知らなかった。まさかコーチがスパイクを買い与えてくれるなんて… マンガやアニメの世界ではアルアルだが、このしょぼくれた現実社会でこんなことが実際に起こるとは…
何も言えず、お礼も言えず。ただ口をパクパクさせている茅野に、
「俺への感謝なんていい。それより、みんなの為、チームの為に走ってくれ。それとー」
「それと?」
「キョンの為。わかったか?」
キョンに気がある茅野は真っ赤な顔で、だが嬉しそうに満面の笑顔で大きく頷いた。
「お願い… 決めて…」
キョンが呟く。
一美は思わず顔を手で覆ってしまう。
もえとりんりんは大声で叫ぶ。
健太は彼女達を眺めながら、思わず笑みが溢れる。思いが強いほど、叫べなくなる、見られなくなる。応援の父兄達もそうだ。母親達は皆顔を覆っている。そんなもんだ。
あ。一人だけ、違う女性がいる。まるで
スーパーモデルのように格好良く腰に手を当てて、茅野のドリブルをキッと睨み付け仁王立ちしている。その美しい佇まいに目を細めていると!
父兄達が、爆発、する。
夫、妻、構いなく抱き合って、飛び跳ねる!
体に衝撃を感じる。もえとりんりんがタックルしてきた様だ。
キョンは一人、ガッツポーズを深く決め、そして徐に
「残り少し! 集中しろ!」
と檄を飛ばす。
一美は覆っていた手を上に掲げ、バレーボールのアタッカーさながら飛び跳ねている。
そんな様子を微笑みながら眺めていると、
「コーチ!」
と大声で叫びながら目に涙を浮かべた茅野が健太に抱きついてくる。相手ゴールからベンチまでわざわざ駆けつけたのだ。
「ハハハ。あの監督、慕われてますねえ」
志村が半分冗談、半分本気で玉城に言うと、
「それは俺への嫌味か? まあ確かにあんなシーン、一度も経験ねえけど…」
「こういうのって、いいなあ。指導者冥利ですよね…」
「ちょっと羨ましい…」
「ちょ、ちょっと玉城さん… なに、マジで羨ましいの? だ、大丈夫、玉城さん十分選手から慕われてるから。多分。」
「そ、そうか?」
「うん。きっと」
「きっと?」
「ちょっと、面倒臭い… あ、慶王これ、決めるかも!」
「おおお!」
グランドに絶叫が鳴り響くー
初めてコーチのシュートを受けた時の衝撃は忘れられない。
それまでもトラのシュートとか受けていたから、キャッチングにはそこそこ自信があったのだが、あの日オレは一球もマトモに掴めなかった… 大人の、プロ(じゃないけど)のシュートの威力は信じられなかった。
あの日以来、練習後にコーチにシュートを蹴ってもらってきた。スピードにも威力にもだいぶ慣れてきた。
正直、中学生のシュートなんて怖くなくなった。たとえ慶王でさえも。
ラストワンプレー。相手の10番がミドルから打ってくる。
ああ、これは三月までだったら決められてたわ。
でも。今はこのシュート、止まって見えるわ。
あれ。景色、止まってる?
ボールの回転も見えるわ。
右手を伸ばす。必ず届く。
ボールがゆっくり近づく。それに右手を伸ばしていく。
ボールと右の拳がぶつかる。ボールが弾かれてゴールバーに当たり、外に跳ねていく。
ほらな。止めてやったぜ。コーチのシュートに比べたら。大したことないし。
立ち上がってベンチを見ると、コーチがガッツポーズをくれる。
鳥肌がたった。メッチャ、嬉しい。
相手コーナーキックがゴールのサイドネットに突き刺さり、ゴールキックとなる。
レフリーがホイッスルを大きく鳴らす。
勝った。
俺たち、慶王に、勝ったああああああぁぁぁ!