第2章 第5話
文字数 2,254文字
「あらおかえり… あらあら、女子が四人、トラちゃんモテモテねえ」
ミキが店の準備をしながら皆を出迎える。亜弓が健太を手招きして、
「何あの子達。どゆこと?」
「さあ。俺もよく知らない。あっちの三人は同中のトラのファンの子達かな。でもう一人は初めて見た。全然知らない。」
「ふーん。信じらんない位、美少女じゃん。やるなトラ〜」
健太は何度も頷きながら、
「確かに、何であんな子が… 正に、掃き溜めに鶴、だな」
「掃き溜めとは随分じゃない? 今夜から金取るよ!」
なんて話していると、
「なんかコーチとトラママ、いい感じじゃね?」
「だよな、前から思ってた。でも…」
「んーーー、コーチ。んーー、似合ってねえ。残念…」
「そ。ムリムリ。似合ってないっ」
「むしろ、上田B B Aと合ってんじゃね?」
「あるある! それある!」
「最近B B A気合入ってるもんなー、化粧キメてるし」
「あれ絶対美容院行ったな。蒲田の」
「いや、川崎っぽくね?」
これまでとは異なるテンションで店内は大盛り上がりである。同中の女子三人は皆二年生でトラのファンであると公言している。どの子もそれなりに可愛いのだが、やはりあかねは別格の存在感を示している。
他の子達と全く違う社会階層から降りて来た風で、彼らの言動に驚き慄きつつも、しばらくすると一緒にいる違和感は全く感じられなくなっている。コミュニケーション能力が相当長けているのだ。
三人の女子は、初めは目の敵にしていたのだが、あかねの同級生に誰もが知る超有名な天才子役がいると聞いてから態度が一変し、
「あかねお姐さま〜」
と懐いてしまっている。
「へーー。トラがあのハンパ野郎達から、あかねちゃんを助けたんだ。流石じゃん。」
「でもトラ、気を付けろよ。アイツらネチッこいからな。俺のダチの姉貴も拉致られて打たれて、大変だったんだよなあ」
「ま、何か言って来たら、コウさん達に言えばいいよな」
「でもコウさん、アイツらにちょっと甘くね? もっとキッチリ絞めてくんねえかな」
「あかねちゃん、気を付けんだぜ。アイツら見かけたら、すぐトラに連絡すんだぜ」
「でも私、トラくんの連絡先知らないのだけれど」
「「「アタシも知らなーい」」」
どうやら皆で「蒲田 あゆみ組」と言うグループを結成したようだ。健太もいつの間にか招待されている…
「そーだ。永野サン、アタシにも連絡先教えてよ〜」
店内が騒然となる。
「よせ、トラママ! コイツ、絶対毎日エロメッセージ送ってくるぞ!」
「裸の写真送らないとトラを補欠にする! とか脅してくんぞ!」
「すでに上田のB B Aとは写真交換の仲かもよ」
その時。亜弓の目がギラリと光る。
「おいサワ。何だその上田って?」
店内が静寂に包まれる。
三年の沢渡が急に震えだし、
「いや… その… 四月から顧問になる… 体育の上田…っす」
「上田って、あの? それが永野サンと?」
嘗てない静けさ。誰かがスマホを滑らせる指の音が響く程である。
「永野サン? どゆこと?」
健太は上田先生とは業務連絡以外のメッセージ交換をした事はない。それを言おうと口を開くのだが、何故か言葉が出てこないー
亜弓の形相が恐ろしすぎるのだ…
健太は脇の下に汗が流れるのを感じながら、必死に言葉を紡ぎ出す。
「上田… 先生とは、練習の連絡とか…しか、ない。です。」
スッと手を出すので、慌ててスマホを差し出す。
店内にゴクリと唾を飲み込む声が木霊する。
何度かフリックし、亜弓は健太の言葉にウソや誤魔化しが無いことを十分ほどかけて検証した。健太には一時間ほどの長さに感じた。
「アタシ、トラの保護者だよねえ?」
「はい」
「なのに連絡先をアタシより先に顧問に教えてイチャイチャメッセージ交換って、どゆこと?」
「べ、別にイチャイチャなんて…」
「絵文字使ってんじゃねえかコラ! んだよこの『明日の練習お願いします(絵文字)』ってよコラ! チャラチャラしてんじゃねえよ!」
男子達が一斉に首を傾げる。絵文字を使うとチャラチャラなのか… 三人の女子達も蒼ざめている… アタシら、チャラ子だったんだ… 絵文字使うと、トラママに殺される…
「ちょっと拝見しますね」
あああああ… 言葉にならない言葉が店内に響く。よせ… やめとけ… 殺されるぞ… 声なき声が木霊する中、平然と健太のスマホをあゆみから奪い取るあかねなのであった…
唖然とするあゆみを余所に、あかねはサクサクそのメッセージを検証し、
「これは上田先生による単なる永野コーチへの業務連絡に過ぎないと思われます。絵文字の使用も彼女個人の幼い感性の成せるもの、と推察されます。」
「え? そうなん?」
「それに対し。永野コーチは上田先生に、あくまで業務上のやり取りをしているだけである、と言えましょう」
「ほ、ホントか?」
「ええ。例えるならば声の可愛い新人管制官にパイロットが毅然と応対している、そんな状況が想起されますね。」
「…は?」
「以上のことから。今現在の時点で、永野コーチは上田先生に何ら特別の想いを持っていらっしゃらない。同様に上田先生も永野コーチに特記すべき感情はない。そういった状況でしょう。」
「そ、そっか。それなら、よい。」
健太の元にようやくスマホが無事に返却される。
店内が再び騒然となる。それはあのトラママを完膚なまでに言いくるめ、永野コーチの危機を救ったあかねに対するものだ。
誰? 何者? 皆がトラに視線を向けるも、トラはスマホで欧州サッカーのダイジェストをぼんやり眺めていたものだった。
ミキが店の準備をしながら皆を出迎える。亜弓が健太を手招きして、
「何あの子達。どゆこと?」
「さあ。俺もよく知らない。あっちの三人は同中のトラのファンの子達かな。でもう一人は初めて見た。全然知らない。」
「ふーん。信じらんない位、美少女じゃん。やるなトラ〜」
健太は何度も頷きながら、
「確かに、何であんな子が… 正に、掃き溜めに鶴、だな」
「掃き溜めとは随分じゃない? 今夜から金取るよ!」
なんて話していると、
「なんかコーチとトラママ、いい感じじゃね?」
「だよな、前から思ってた。でも…」
「んーーー、コーチ。んーー、似合ってねえ。残念…」
「そ。ムリムリ。似合ってないっ」
「むしろ、上田B B Aと合ってんじゃね?」
「あるある! それある!」
「最近B B A気合入ってるもんなー、化粧キメてるし」
「あれ絶対美容院行ったな。蒲田の」
「いや、川崎っぽくね?」
これまでとは異なるテンションで店内は大盛り上がりである。同中の女子三人は皆二年生でトラのファンであると公言している。どの子もそれなりに可愛いのだが、やはりあかねは別格の存在感を示している。
他の子達と全く違う社会階層から降りて来た風で、彼らの言動に驚き慄きつつも、しばらくすると一緒にいる違和感は全く感じられなくなっている。コミュニケーション能力が相当長けているのだ。
三人の女子は、初めは目の敵にしていたのだが、あかねの同級生に誰もが知る超有名な天才子役がいると聞いてから態度が一変し、
「あかねお姐さま〜」
と懐いてしまっている。
「へーー。トラがあのハンパ野郎達から、あかねちゃんを助けたんだ。流石じゃん。」
「でもトラ、気を付けろよ。アイツらネチッこいからな。俺のダチの姉貴も拉致られて打たれて、大変だったんだよなあ」
「ま、何か言って来たら、コウさん達に言えばいいよな」
「でもコウさん、アイツらにちょっと甘くね? もっとキッチリ絞めてくんねえかな」
「あかねちゃん、気を付けんだぜ。アイツら見かけたら、すぐトラに連絡すんだぜ」
「でも私、トラくんの連絡先知らないのだけれど」
「「「アタシも知らなーい」」」
どうやら皆で「蒲田 あゆみ組」と言うグループを結成したようだ。健太もいつの間にか招待されている…
「そーだ。永野サン、アタシにも連絡先教えてよ〜」
店内が騒然となる。
「よせ、トラママ! コイツ、絶対毎日エロメッセージ送ってくるぞ!」
「裸の写真送らないとトラを補欠にする! とか脅してくんぞ!」
「すでに上田のB B Aとは写真交換の仲かもよ」
その時。亜弓の目がギラリと光る。
「おいサワ。何だその上田って?」
店内が静寂に包まれる。
三年の沢渡が急に震えだし、
「いや… その… 四月から顧問になる… 体育の上田…っす」
「上田って、あの? それが永野サンと?」
嘗てない静けさ。誰かがスマホを滑らせる指の音が響く程である。
「永野サン? どゆこと?」
健太は上田先生とは業務連絡以外のメッセージ交換をした事はない。それを言おうと口を開くのだが、何故か言葉が出てこないー
亜弓の形相が恐ろしすぎるのだ…
健太は脇の下に汗が流れるのを感じながら、必死に言葉を紡ぎ出す。
「上田… 先生とは、練習の連絡とか…しか、ない。です。」
スッと手を出すので、慌ててスマホを差し出す。
店内にゴクリと唾を飲み込む声が木霊する。
何度かフリックし、亜弓は健太の言葉にウソや誤魔化しが無いことを十分ほどかけて検証した。健太には一時間ほどの長さに感じた。
「アタシ、トラの保護者だよねえ?」
「はい」
「なのに連絡先をアタシより先に顧問に教えてイチャイチャメッセージ交換って、どゆこと?」
「べ、別にイチャイチャなんて…」
「絵文字使ってんじゃねえかコラ! んだよこの『明日の練習お願いします(絵文字)』ってよコラ! チャラチャラしてんじゃねえよ!」
男子達が一斉に首を傾げる。絵文字を使うとチャラチャラなのか… 三人の女子達も蒼ざめている… アタシら、チャラ子だったんだ… 絵文字使うと、トラママに殺される…
「ちょっと拝見しますね」
あああああ… 言葉にならない言葉が店内に響く。よせ… やめとけ… 殺されるぞ… 声なき声が木霊する中、平然と健太のスマホをあゆみから奪い取るあかねなのであった…
唖然とするあゆみを余所に、あかねはサクサクそのメッセージを検証し、
「これは上田先生による単なる永野コーチへの業務連絡に過ぎないと思われます。絵文字の使用も彼女個人の幼い感性の成せるもの、と推察されます。」
「え? そうなん?」
「それに対し。永野コーチは上田先生に、あくまで業務上のやり取りをしているだけである、と言えましょう」
「ほ、ホントか?」
「ええ。例えるならば声の可愛い新人管制官にパイロットが毅然と応対している、そんな状況が想起されますね。」
「…は?」
「以上のことから。今現在の時点で、永野コーチは上田先生に何ら特別の想いを持っていらっしゃらない。同様に上田先生も永野コーチに特記すべき感情はない。そういった状況でしょう。」
「そ、そっか。それなら、よい。」
健太の元にようやくスマホが無事に返却される。
店内が再び騒然となる。それはあのトラママを完膚なまでに言いくるめ、永野コーチの危機を救ったあかねに対するものだ。
誰? 何者? 皆がトラに視線を向けるも、トラはスマホで欧州サッカーのダイジェストをぼんやり眺めていたものだった。