第5章 第3話
文字数 1,313文字
「上田先生、サッカー部大活躍だそうじゃないですか!」
副校長の中野がいやらしい目付きで一美に近付いてくる。元々サッカー部の活動に否定的で、トラをはじめとする素行の良くない部員を毛嫌いしている。
だが大企業の部長職だった健太という指導者には好意的で、健太のコーチ就任には有無を言わさず賛成してくれた。
「やはりね、ああいう大企業の管理職だった方は結果を出してくれますよ。ちゃんとした人はちゃんと結果を出すんです。あんな子達相手でも。」
あんな子達って…
だが。一美自身、顧問就任前には副校長と同じ考えだったのが、今となっては穴があれば入りたいくらい恥ずかしい。サッカー部の子達は、根はとても素晴らしい子達ばかりだった。生活環境が子供の素行を左右する。そう信じてきた一美には、アラフォーにして眼から鱗が取れた気持ちなのだ。
例え家が貧しくて親が育児に余裕がなくても。子は目標があればちゃんと育つ。親も実はこの成長をそっと見守っている。この事実をサッカーの試合を通じて一美は思い知らされたのだ。
「一体どんなマジックを使ったのですか、先生。是非その辺りのことを一杯やりながらご教授願いたいのですが」
副校長がもはや涎を垂らしながら一美に擦り寄ってくる。吐き気を抑えながら一美は、
「ええ、大会が一段落したら。」
と言って逃げる。
一時間目の授業は二組。教室のドアを開くと、トラを中心に殆どの生徒が輪になって一昨日の試合の話をしている。
授業を始めると、いつもの様にトラは机につっぷして居眠り……
あれ… 教科書、開いている…
それに、真剣に私の話を聞いている…
ウソ… ノート取ってる…
周囲もこの異変に気付いた様で、
「おいトラ… お前何マジになってんのよ?」
トラは彼を一瞥して一言、
「プロに、なるから。」
教室中が騒然となる。一美も思わずチョークを落としてしまう。
授業後。トラの机に歩み寄り、
「松本君、どうしたの?」
「んだよその言い草は。酷くね?」
「ご、ごめんなさい… でも、どうして急に?」
トラは立ち上がり、そっと一美の耳元で
「あかねの親父と、約束したからよ。ぜってープロになるって。」
一美はトラを凝視する。
「プロになるにはよ、こーゆーのちゃんとしてねーとダメだって、ケンタが言ってた。」
一美はカクカク首を縦に振りながら後退りし、教室を出て行く。
何これ。信じられない…
今私、奇跡を目の当たりにしている!
先月まで少年院に入っていたどうしようもない不良が、自分から立ち直ろうとしている!
生き甲斐を見つけ出し、それに向かって走り出している!
一美は教室に引き返し、トラに
「後で職員室に来なさい。勉強について色々相談に乗るから」
トラは目を細め、
「ほんっと、アンタ変わったよ。先月までに比べて。やれば出来る子だったんじゃん」
と言ってニヤリと笑う。
「お、お、オマいう?」
持っていた書類でトラの頭を叩く。
周囲の生徒がそれを囃し立てる。
私も生き甲斐、見つけたよトラ君。それはキミが立派なプロサッカー選手になれる様、学校生活を支える事。特に、勉強面。
さて、何から始めようか? ワクワクしながら職員室に戻る一美なのである。
副校長の中野がいやらしい目付きで一美に近付いてくる。元々サッカー部の活動に否定的で、トラをはじめとする素行の良くない部員を毛嫌いしている。
だが大企業の部長職だった健太という指導者には好意的で、健太のコーチ就任には有無を言わさず賛成してくれた。
「やはりね、ああいう大企業の管理職だった方は結果を出してくれますよ。ちゃんとした人はちゃんと結果を出すんです。あんな子達相手でも。」
あんな子達って…
だが。一美自身、顧問就任前には副校長と同じ考えだったのが、今となっては穴があれば入りたいくらい恥ずかしい。サッカー部の子達は、根はとても素晴らしい子達ばかりだった。生活環境が子供の素行を左右する。そう信じてきた一美には、アラフォーにして眼から鱗が取れた気持ちなのだ。
例え家が貧しくて親が育児に余裕がなくても。子は目標があればちゃんと育つ。親も実はこの成長をそっと見守っている。この事実をサッカーの試合を通じて一美は思い知らされたのだ。
「一体どんなマジックを使ったのですか、先生。是非その辺りのことを一杯やりながらご教授願いたいのですが」
副校長がもはや涎を垂らしながら一美に擦り寄ってくる。吐き気を抑えながら一美は、
「ええ、大会が一段落したら。」
と言って逃げる。
一時間目の授業は二組。教室のドアを開くと、トラを中心に殆どの生徒が輪になって一昨日の試合の話をしている。
授業を始めると、いつもの様にトラは机につっぷして居眠り……
あれ… 教科書、開いている…
それに、真剣に私の話を聞いている…
ウソ… ノート取ってる…
周囲もこの異変に気付いた様で、
「おいトラ… お前何マジになってんのよ?」
トラは彼を一瞥して一言、
「プロに、なるから。」
教室中が騒然となる。一美も思わずチョークを落としてしまう。
授業後。トラの机に歩み寄り、
「松本君、どうしたの?」
「んだよその言い草は。酷くね?」
「ご、ごめんなさい… でも、どうして急に?」
トラは立ち上がり、そっと一美の耳元で
「あかねの親父と、約束したからよ。ぜってープロになるって。」
一美はトラを凝視する。
「プロになるにはよ、こーゆーのちゃんとしてねーとダメだって、ケンタが言ってた。」
一美はカクカク首を縦に振りながら後退りし、教室を出て行く。
何これ。信じられない…
今私、奇跡を目の当たりにしている!
先月まで少年院に入っていたどうしようもない不良が、自分から立ち直ろうとしている!
生き甲斐を見つけ出し、それに向かって走り出している!
一美は教室に引き返し、トラに
「後で職員室に来なさい。勉強について色々相談に乗るから」
トラは目を細め、
「ほんっと、アンタ変わったよ。先月までに比べて。やれば出来る子だったんじゃん」
と言ってニヤリと笑う。
「お、お、オマいう?」
持っていた書類でトラの頭を叩く。
周囲の生徒がそれを囃し立てる。
私も生き甲斐、見つけたよトラ君。それはキミが立派なプロサッカー選手になれる様、学校生活を支える事。特に、勉強面。
さて、何から始めようか? ワクワクしながら職員室に戻る一美なのである。