第4章 第1話

文字数 1,166文字

 あっという間にその日はやってくる。
 四月七日。土曜日。曇り。蒲田南中学校グランド。
 東京都中体連第一支部 ブロック大会初戦。

 川崎フロンティアのゼネラルマネージャー、飯田拓也はU18監督の栂正樹と共に、グランドの片隅でキックオフを待っていた。

「タクさん、前半だけですよ。俺こう見えて結構忙しいんすから」
「わかってる。でも、見てみたくねえか、あの永野健太のチームを」

 栂は興味なさそうな不貞腐れた風に、
「それは… まあ…」
「正樹お前、あの人にいっぱい教わったんだろ? ユースの時に」

 大きく溜息をついてから栂は
「まあ、そーでしたね。俺が玉電ユースだった頃。トップチームのあの人に、まあ色々教わりましたねえ、はは、懐かしい…」

 大きく背を逸らせ、曇り空を見上げる。
 そうなのだ。俺がサッカーを始めた時にトップチームの中心選手だったあの人は、俺の憧れだった。何度試合を見に行っただろう、そしてあの人の献身的な動きや仲間を盛り上げるファイティングスピリッツに何度胸が熱くなり涙がこぼれ落ちただろう。

 J昇格を決めた試合があの人の引退試合だった。あの時は嬉しさよりも悲しさで一晩泣いた。間違いなく今のフロンティアのサッカーの一部分に、あの人の魂が入っている。

『技術、体力よりも、試合を決するのは勝ちたいという想いの強さである』

 現役時代のあの人は試合毎にそう言っていたらしい。そしてその精神は今でもトップチームからジュニアユースまで息付いている。

 その、あの人のチーム。
 勿論、後半も、試合終了までキッチリ観てみたい。

 試合開始前の整列だ。両チームが向かい合って礼をしている。昭和な儀式に二人は思わず微笑んでしまう。今では試合前の挨拶は、両チームは主審副審を中心に一列となるのが普通だからだ。

 それにしても…

 二人の目は蒲田南中イレブン… いや、九人しかいない… に釘付けである。
 これ、公式戦だろ? これが都内の部活のスタンダードなのだろうか?
 二人は目を合わせ、軽く首を振る。

 試合開始のホイッスルが鳴る。

 二人はすぐにグランド全体を見回す。成る程、蒲田南中は4−3−1の布陣だ。対する大井三中はオーソドックスな4―2―3―1である。
 試合は始まってすぐに三中ペースで進んでいく。

「部活の試合って、久々に見ますよ」
「そうだな。正樹は部活経験なしか?」
「ええ。中学から玉電ユースでしたから。それにしても…」

 栂の苦笑いに、飯田は
「まあ。こんなものなんだろうな」
「ええ。ハッキリ言って。どっちも基礎がまるでダメ。」
「手厳しいな」
「土のグランドってことを差し引いても、これだけトラップ、パスの精度が悪い… あれ?」

 栂の目が鋭さを増す。

「ほお… これは…」

 飯田の目も鋭く光る。

「へえ… コイツは…」

 それから暫く、二人は無言で試合を眺める。
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