第3章 第10話

文字数 1,827文字

「よし、ケンタ! 三人ゲット!」

 春休みながら平日の中華街は観光客と修学旅行生でそこそこに混んでいる。亜弓の馴染みの店だという老舗の店に入り、注文を済ませる。

「早いな、それによく集めたな」
「まあな。このショーゴとキムがスマホ持ってねーから、ラインで連絡出来ねーのが面倒くせーんだけどな」
「そう言えばお前ら今時の中学生って、みんなスマホ持ってるのか?」
「いや。持ってんの半分だろ。ケータイ持ってねーのが二人いるし」
「…今時?」
「ケータイ代払えねえんだわ」
「……」

「何ならオレもスマホゲットしたの、先週だし。お袋が出所祝いで」
「亜弓ちゃん… ヤクザ映画見過ぎだろ」
「まーねー」

「それよりトラ。大会で使うユニフォーム、有るのか?」
 トラが溜息をつきながら、
「それな。毎年それで揉めんだわ」

 トラの話によると、毎年ホーム・アウェーの二着を揃えなければならない。それが無ければ六月の全国中学校大会の予選に出場出来ない。何年かに一度は経済的な理由でユニフォームを揃えることのできない家庭が多くて予選にエントリー出来ない年もあると言う。

「実は、今年もサワんとこと大町んとこがヤバいかも、なんだよ」
 健太はゴクリと唾を飲み込み、
「親の失業とかか?」

「サワのとこは親父いなくて、お袋さんがこの数ヶ月病気で入院中。大町んとこは、そう、親父さんが先月リストラされて家でゴロゴロしてんだってよ」
 かく言う健太も自宅謹慎中の身の上なのだが。
「ユニフォームってよ、パンツとストッキングも別に揃えるだろ。合わせりゃ二万以上かかるんだって。」
 亜弓の顔が引き攣る。

「確かにな。それにサワなんてあのスパイク… 穴空いてるし、裏はツルツルになってるしな」
 健太は生徒の何人かは試合に適さないスパイクで練習に臨んでいることを知っている。でもそれを健太がどうこう言うことが出来ない事情が彼等にはあるのだ。
「こう考えるとよ、やっぱサッカーって金持ちのスポーツって思うんだわ。オレらビンボー人は試合すら出させてくんねーって。」
 亜弓が深く頷く。そして、

「でもなトラ。そんな中でも上田先生は何とかアンタらを応援しよーと頑張ってんだぞ。こないだの保護者会でな、部費を値下げしますってよ。それも、もし困難なら出世払いでいいってよ。今時こんなセンコーいるか? いねーだろ」

 トラはビックリした顔で、
「マジで? そーなの? うそだろ… あのばb… オバはん…」
「だよな、今時珍しい真っ直ぐでいい先生だ。眼鏡外すと意外にかわいっー痛ってー」

 トラが強めの突きを健太の脇腹に入れる。健太が咽せながら何事かと視線を向けると、
「あー腹へった、オッチャンまだかよおー」
 と大声で厨房に声をかける。

「オマエ、ネンショー行ってたんだってなコラ。お袋さん心配させんじゃねーぞボケ」
 
 厨房から直々に皿を持ち大将がテーブルにやって来る。
「仕方ねーだろ。リベンジ決めてるときにマッポが邪魔すんだからよ。」
「ああ、マッポ締めたのか、そんなら許す」
「でもね張(ジャン)、その相手が県警の、あのギョーザだったんだわ、ウケるっしょ?」
 と亜弓が大笑いしながら言うと、

「えええ? あの餃子耳の… アイツを熨したのかトラ… アイツ、確か柔道五段でオリンピック強化選手だったろ…」
「そーそー。少年課でアタシらよく世話になった安曇ってオヤジ。それをトラが一撃で蹴り倒したんだってさ」
「そーか。そーかトラ。よくやった。アイツはオレらの天敵だったからなあ」

 大将が言うほど憎しげな感じではなく、懐かしげに天井を見上げる。
「ギョーザの奴、アタシんこと覚えてたよ。マジビビったー」
「ははは、蒲田の『テポドンあゆみ』はハマでも恐れられてたからなあ」
「それやめろ… 恥ず過ぎる…」

 亜弓はチラッと健太を見る。健太は大将の巨躯と豪快な話し声に圧倒されながら硬直している。
「タイショーもよ、ハマ最狂の『切り裂きジャン』って呼ばれてたんだろー ウケる」
 トラが既に箸を突きながら突っ込む。

「…確かに恥ずかしいな、この年になると。あゆみ、もうよそう…」
「そ、そーしよう」
「さ、食ってけ。トラ、お替り幾らでもしてけや」
「あざーっす」

 ジャン大将は去り際に健太の耳元で、そっと親指を立てながら
「で。アンタ、亜弓のコレか?」
「いえ… ただの友人…」
「ふーん。ま、ゆっくりしてってくださいよ」

 プイっと背を向けて厨房に戻って行く姿を見届けて、健太は恐る恐る箸を持ち上げる。
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