第4章 第4話

文字数 1,553文字

「須坂、オレさ…」
「何よ、トラくん?」

「スナック あゆみ」での時間が遅くなり、トラがあかねを家まで送ることになった、その電車の中で。

「あの人のとこで、サッカーしてみてえかも」
「それって、フロンティアのユースに入るって事?」
「ああ。プロになれるか分かんねーけど、あの人の元でどこまでやれるか試してみてー」

 あかねはトラの手を取り、
「いいじゃない。素晴らしいことよ。礼節を弁え己を律し、プロフェッショナルを目指す。ああ、なんて素敵なこと… 今となっては、あなたが本当に羨ましいわ」
「へ? なんで?」
「だって。この年で将来なりたいものを目指せるなんて。」

「須坂は、目指してるモンねーの?」
「んーー、漠然としてなら、あるわ。でも、あなたみたいに明確な目標となると、ちょっとね」
「そっか。何だよそのバクゼンとした目標っつーのは?」
「私、将来、弁護士か司法書士になりたいの」
「ほーん。弁護士は知ってっけど、司法書士って何?」
「行政手続きに必要な書類の作成やアドバイスをする資格を持つ人の事。」
「ほーん。それってなるの大変なの?」
「そうね。国家資格を取らねばならないわ」

「オマエならやれそーだな。だけどー」
「何よ?」
「そーゆーのって、将来さ、全部A Iがやっちまわねーか?」
「んぐっ… そ、それは…」
「いや知らねーよ、だけどさ、そーゆー仕事って、オレらが大人になった時もまだあんのかなーって思ってよ」
「トラくん… あなた…」
「んだよ?」

「今の話、父にしてみない? 今から!」
「うわー、ゴメンなさいごめんなさい」
「何故そこで謝る…」
「オマエのとーちゃん、苦手だわー」
「あら失敬な。私の大好きな父が苦手なんて」
「いや、フツー苦手だろ」
「知らないわ。私男性とお付き合いするの初めてだし…」

 それから駅に着くまで二人は真っ赤な顔で無言だったものだ。

「本当に、ちょっと寄っていかない? 父も母も、あなたと話したがっているの」
「す、すまぬ… また、今度… 心の準備が…」
「変なの。私はあなたのお母様と何度もお会いして一緒に調理したりしていると言うのに… 仕方ないのね、ではまた機会を改めて」

 永遠にその機会がないといいなあ、なんて思いながらトラはあかねのマンションを後にする。それにしても今日の試合は楽しかった、人生の中でもダントツのベストゲームだった!

 ケンタの策が面白い程当たった。前半は相手にボールを持たせろ。無理に攻めなくて良い。失点だけは全員で防げ。後半は相手が焦り始める。そこを突け。チームの意思を統一させろ。攻めるときはオマエが合図しろ。

 今日程、敵味方の表情が良く見えた試合は経験がない。相手の焦る表情が手にとるようにわかったし、味方が前のめりになりそうなのを抑え、試合終盤に逃げ切りたい一心での無意味なクリアを嗜め、落ち着かせ。

 そう。あの時オレはピッチ上の王様だった。
 相手はオレを恐れ、味方はオレを敬う。
 最高の気分だった。ケンカで相手を負かすよりも何百倍も快感だった。

 あかねに話したことは本当だった、オレはもっとこの気分を上のレベルで味わいたい。敵も味方もオレの掌の上で踊る姿を満喫したい。

 その為には?

 もっと上手くなりたい。もっと強くなりたい。

 ユース監督の栂が最後にトラにだけボソッと言った一言が脳裏に蘇る。
「ケンタさんの言うことを信じろ。あの人の言う通りにやれ。そして、来年、ウチに来い。」

 今トラの心は未だかつて無い程燃え上がっている。去年後輩を虐めた相手を殴りに行ったときよりも、四〜五人相手の喧嘩の時よりも遥かに熱くなっている。
 まさか、ケンカ以外でこんなに心が熱くなるなんて…

 サッカーって、スゲーな。
 帰りの電車の中で、明日の試合について健太とのメッセージ交換に熱くなるトラなのであった。
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