第5章 第14話

文字数 1,286文字

 J R鶴見駅を降りたトラは、岡谷から渡された紙を取り出す。駅からは徒歩で十分程だろうか、スマホのマップアプリを起動し、その場所を確認し、走り出す。

 こんな卑怯な事をされたのは去年の岡谷の事件以来だ。いや。去年は可愛い後輩だったが、今回は失う事が考えられない大切な…

 何度電車の中で吠えたかっただろう。何度電車の窓ガラスを叩き割ろうとした事だろう。その都度、トラは自分を抑え込み、それよりも現状の把握に脳味噌を働かそうとした。だが、あかねの笑顔が脳裏に浮かび、また咆哮したくなりー 鶴見駅を降りるまで、トラはずっとそのループに苦しんでいた。

 走りながら考え始める。手紙には一人で来い、とあったので一人で来たが、間違えだったか。相手は何人だろう。蒲田モンで黒ワゴン、と言えばあのリューのクソ野郎しかいない。だが、一体何人で連んでいるのか。

 相手が何人だろうと、何を持っていようとトラは全然怖くなかった。だが。あかねが奴らに拉致られている。そして、今この瞬間にも酷い目に遭っている?

 トラはこめかみの血管が切れるほどの怒りと同時に、はらわたが凍りつくほどの恐怖を感じている。

 オレ一人ならーやるかやられるかだ。だが。あかねは…
 トラは急に立ち止まる。そして自分の膝が恐怖で震えているのを感じる。
 怖え。マジ怖え。アイツが奴らに殴られ、鼻や口から血を流し…
 ああああああああああ

 トラは絶叫する。

 そして、ニヤついた奴らに服を剥ぎ取られ、
 わああああああああああああ

 あまりの恐怖に蹲ってしまう。

 これがオレ、オレの本当の姿なんだ…
 大事なモノが危険にさらされると
 恐怖で頭が変になりそうだ
 身体も動かねえ
 オレって、こんなショボい
 弱っちい奴だったんだ
 それを隠すために、みんなの前でイキがって
 弱いヤツを叩きのめして、調子に乗って
 ンなことばっかしてっから、バチが当たったんだ
 自分に強くなろうとしなかったから、
 自分の弱さにちゃんと向き合わなかったから、
 こんなバチが当たったんだ
 
 助けてくれ、オヤジ
 助けてくれ、お袋

 助けてくれ、ケンタ…

 誰か、オレの大切な宝を、助けて…

 その時。スマホが鳴動する。
 涙を拭い、画面を見ると健太からだ。

『警察に連絡済み。無茶はしない事。現場の位置を知らせろ』

 いつもなら、『警察』の二文字を見るや否や削除していただろう。だが自分の弱さを認識し始めたトラは素直に、奴らからの手紙の写真を撮り、それを健太に送付する。すぐに既読がつく。

『捜査本部に転送した。間もなくそちらに到着するだろう。呉々も不用な手出しはしないこと。あかねちゃんの為にも』

 トラは生まれて初めて、大人に感謝した。
 これで、あかねは助かる。あかねを傷つけずに済む。

 温かい電気が胸から脳に突き上がった気がする。
 後は大人しく警察の到着を待つだけ… なのだが。

 トラはそこまで自分を変える事が、今日は出来なかった様だ… 自分の弱さ、他人への感謝。この二つは身についた様だが。

 トラの野性の本能に火が付いた。警察が来る前に。やっぱ、ぶっ潰す!

 もう一息、なトラなのであった。
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