第4章 第9話

文字数 1,297文字

「ま、キョンの個人的な事情は置いといてよ、」

 トラが低い声で呟く。
「オマエら。マジで諦めちゃってんの? おい二年。茅野。大町。岡谷。飯森。ザキ。どーなんだよ」

 彼らは肩をビクッと震わせ、
「でもさトラくん… オレらなんかが勝てるわけ…」
「オレスパイク一足しか持ってないんすよ… それをアイツらは何足も…」
「ジムで筋トレしてる奴らに…」
「プロテイン? 買えないって…」

 トラはフッと嘲るように笑う。
「一年。 小谷、平谷。オマエらはどーよ?」

 二人の一年生はハア? と言う顔をしながら、
「いやー、メッチャ楽しみだよお」
「それなー。てか、トラくんがいて、坊ちゃん校に負ける気しないわー」

 三年の小谷兄、青木、沢渡が声を立てて笑う。
「おい二年。一年坊はこんな感じだぞ。どうよ?」
「それは… まだ現実知らねーから」
「貧乏人が、金持ちに勝てっこねーって…」
「…ムリっしょ…」

 すると、首を傾げながら、
「ケイオーって、J崩れとかいるの?」
 まだあどけない顔の平谷が尋ねる。
「それは… いない、けど…」
「動画見たけどさ。何とかやれそーな感じだけど。ねえトラくん」

 トラは平谷に温かい笑みで頷く。
「楽しみじゃん。ウチら下層国民がボコったらー」
 小谷弟が嬉しそうに言うと二年生達は、
「下層って… 下級以下かよオレら」
 ようやく笑みが溢れる。

「キョンが言いたかったことってよ、そーゆーことじゃね? 試合する前から、貧乏だからとか下級国民だからとか理由付けて。負ける言い訳? やる前から諦めてるオマエらの貧乏根性が気に食わなかったんだろうよ」

 二年生がシュンとなる。
「オレら三年は自信あるわ。てか、貧乏開き直りな。一年坊は身の程知らずだわ。結構結構。でオマエら二年。オマエら次第なんだわ、今度の試合は。」
 トラはゆっくりと立ち上がる。

「なあオマエら。今度の試合負けても六月の全中があるから最後の試合じゃねーよ。でもよ、オレは勝ちてえ。目の前の試合は全部勝ちてえ。相手が慶王なら、尚更。ぜってー勝ちてえ」
 二年生がゴクリと喉を鳴らす。

「なあオマエら。力貸してくんねーか? 一緒に上級国民、ブッつぶしてやらねえか?」
 二年生の硬い顔が徐々に柔らかくなっていく。

「やり、ますか」
「やる、か」
「まあ、ちゃんす? だわな」
「オレは… トラくんが言うなら。やる」

 トラはニヤリと笑い、
「よーし。じゃあまずは。キョン達連れ戻してこいー」
「「「「「ういーっす」」」」」

 五人の二年生は、先程までとは別人の様にシャキッと立ち上がる。

 ここまで一美は一切口を出さなかった。キョン達が出て行きそうな時には、よっぽど止めようと思いもしたが、我慢して堪えた。

 そして一美は我慢して本当に良かった、と思った。彼らは自分達で問題提起し、解決しようとしているのだ。その姿は先月までの彼らからは想像も出来ない進歩である。

 目を細めながらキョン達を迎えにいく二年生を眺めていると、
「あれ… かずみん、いたんだー」
「寝てたんちゃう?」
「四月だもんなー、眠たくもなるよな、かずみん!」

 我慢。忍耐。辛抱。

 奥歯を食いしばり、青木らに微笑みかける一美なのである。
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