第3章 第8話

文字数 1,894文字

 入学式は明日だそうだ。試合は今週末の土曜に初戦の大井三中戦、そして日曜に番町中戦が控えている。

 部活は明後日までない。今日明日は久しぶりに一人のんびりだ。

 最近、完全に朝型の生活に戻っているーそう、営業部にいた頃のように。起きてすぐに洗濯機を回す。窓を開け、掃除機をかける。窓から見える多摩川の緩やかな流れが気持ちいい。
 洗濯機から洗濯物を取り出し、テラスで干す。近所の学校に向かう生徒の群れを上から見下ろす。
 今日は天気が良いから午後には全部乾くだろう。そう言えば最近のスポーツウエアはコットン素材でないからすぐ乾くのが良いな。
 そうだ、あいつらユニフォームはちゃんと用意してるんだろうな。後でトラか上田先生に確認しなければ。

 そう思いテラスからリビングに戻り、スマホを手に取ると、
 亜弓からメッセージが来ていた。

『おはよー(絵文字)今日これから横浜に用事で行くんだけどー 暇なら一緒行かない(絵文字)』

 顔がニヤけてしまう。これは朝から嬉しい話ではないか。

『おはよう。用事って何かな? 買い物とか?』
『亡くなった旦那の墓参り。トラが永野さんも誘おうって。どうかな(絵文字)』

 ニヤけがそのまま引き吊った表情となる。
 亡くなったご主人の墓参り。それを俺が一緒に…
 一緒に行って良いものなんだろうか、考えを巡らせていると、

『ゴメン、無理かな?』

 と弱気なメッセージが届く。

『逆に一緒に行って良いの?』
『全然。むしろ、嬉しいかも。三人で中華街でランチしよーよ(絵文字)』
『わかった、一緒に行こうか。何処で待ち合わせようか?』
『私が車出しますので、家まで来てください』

 車持っているんだ。知らなかった。
 健太は慌てて洗面所に向かい、顔を入念に洗い始める。

「おせーよケンタ、腹へったよオレ」
 図体はデカいくせに小学生のような言いっぷりに吹き出しながら、
「悪い悪い。遅くなって」
「てか。何そのカッコ。はあ?」
「お前こそ何だその格好は、ちゃんとした格好に着替えてこい。墓参りなんだろ?」
「お、おお…」
 と言っても、トラにはそれ以上の服などないのだが。

「あははー。さすが永野サン、元エリートサラリーマン。ちゃんとしてるよねえ」
 店の鍵を閉めながら亜弓が笑う。

 白のタートルネックに細身のジーンズ、カーキのパーカーとカジュアルな出立なのだが… 通りすがりの若者が口笛を鳴らす。その姿はファッション雑誌を切り取った姿そのものである。
 健太が呆然と立ち尽くしていると、

「ちょ、そんなジロジロ見ないでしょ…」
「す、すまん… でも、まるでモデルみたいだ…」
「や、やめてよそんな…」

 お互いに赤面しながら呟き合う。

「おーい、さっさと行くぞお。腹減ったー」
 とトラが騒ぎ立てねばいつ迄続いていたのかー

 亜弓の運転する黒のワンボックスカーは、軽快に第二京浜を進む。と言うよりは、豪快に先行車を追い抜かしていく…
 オイオイ、これは一歩間違えれば再来年あたりに話題となる『煽り運転』に該当するのでは、などと思いながらアシストグリップを握る手は汗が滲んでいる。

 恐怖心を逸らすために、気になっていた事を亜弓に尋ねる。
「旦那さんのお墓、横浜って事は出身が横浜だったの?」
「ううん。ウチらさあ、ハマに憧れっつーか何と言うか… 昔からハマが大好きなんだー。どっか遊び行くのも渋谷、新宿とかじゃなくって、ハマ。」
「へーー」

「それと。旦那が事故ったトコも、ハマだったんだ。」
「ああ、それで…」
「うん。お義父さんは元々いなくて、お義母さんは行方分からなくて。弟のシンはそん時関西で、あとは任せるわって。だから、ハマでお墓探して。そんで毎月こーして二人で墓参りしてんの。先月までコイツがネンショー入ってやがったからアタシ一人で行ってたんだけどさ」

「仕方ねーだろ。てかさ、マジでいーのかよ、ケンタ連れてって。オヤジ、怒り狂うんじゃね?」
「は? お前が俺を是非にって…」
「わーわーわー そ、それよかさ、旦那の親って笑えるっしょ? 長男の名前がケンシロウ、次男がシンってー」
「あれ…それって。まさか、あの有名な…」
「大昔の漫画だろー、知らねーわオレ」
「でしょー、初めて聞いた時、爆笑したよお」

 あゆみが何とか話題の切り替えに成功する。
 それに気づかぬ健太は
「ところで、トラの名前はやっぱりあの…」
「そーなの。旦那があの映画大好きだったの」
「大昔の映画なー。アレいーよなー。柴又って行ってみてーわ」
「「行ってくれば良いじゃん、あの子と」」
「ば、バーカ、アイツがあんなトコ行きたがるわけねーだろ」

 それ以後、到着まで大人しくするトラなのである。
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