第5章 第2話

文字数 917文字

「間違い、ないんすか? その、別の病院行ってみたりとか…」
「ああ。セカンドオピニョンも同じだったよ。末期の膵臓癌。いわゆる、サイレントキャンサーってヤツさ」

「? 手術とか入院はするんすか?」
「いや。痛みが我慢出来なくなったら緩和ケアのホスピスには入るだろうが。基本は在宅で療養しようと思う」

「そっか。」
「トラくん、も… お父さん亡くされてたんだっけ?」
「ああ。オレが生まれる前なんだけど。バイクの事故でね」
「そうか。」

 トラは自分にもたれかかっているあかねを覗き込み、
「……コイツ、大丈夫かな… アンタのこと大好きだったからさ…」

 須坂は苦笑しながら、
「この子よりも、妻の方が心配なんだ。妻は所謂お嬢様ってヤツでね。未だに全く受け入れられないみたいで…」

「アハハ。奥さんがお嬢って、ケンタんとこと一緒じゃん」
「それは心外だな。だけど、ホントだ」
「それより。どーすんだよ、これから?」
「どうしたもんだか、な。こんな事初めてだからさ。」

 トラはプッと吹き出しながら、
「すっとボケたオヤジだなー」
「おいおい。もうすぐ死に行く者に、酷い言い方じゃないか。まあ、まずは妻とあかねの二人にしっかりと受け止めてもらう事かな」
「ふーん」

 須坂がトラに向き直り、
「そこでだ。キミの力が必要になる」
 トラは真面目な顔で、
「お、おう…」
「妻は、親戚も友人もいるからまあ何とかなるだろう。だが、まだ中三のあかねは… 受け入れるのに時間がかかるだろう。」

 肩にもたれるあかねのいい匂いにキュンとしながら、トラは軽く頷きながら、
「かも、な」
「だからこそだ。なあ、トラくん」

 須坂は更にトラに向かい直る。

「どうか、僕の代わりに…」

 トラは須坂の目をしっかりと見据える。大人にしては、何と一途な瞳なのだろう。これまでトラを見下すか怯えた視線ばかりの大人達に、これ程誠実な眼を見た記憶が無い。あのケンタの目でさえ、ここまで心に染み入る瞳とは言えない。

 死を覚悟した男の眼。

 そして己はその死を受け入れ、愛する妻と娘に何とか受け入れさせようと必死な目。
 これは、男と男の信頼の問題だ。決して揺らいではならない、命を賭けた男と男の約束である。

「わかった。どうすれば良い?」
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