第6章 第12話

文字数 1,657文字

「ねえ、あかねちゃん。あなたみんなと一緒に観たいんじゃない?」
「いえ。このスタッフ関係者席がいいです。ねえお母さま」
「…お、おう。そ、そうだな…」

「亜弓さん? 顔面蒼白、ですよ。大丈夫ですか?」
「お、おう… 何とかな… でも、またトラのヤツがファール取られて、クビになんじゃねーかと…」
「クビって… トラくん、大奮闘じゃないですか。ねえあかねちゃん」
「よく分かりませんね。サッカーは相変わらず。やはりスポーツはラグビーが一番かと。あのワンフォーオールオールフォーワンの精神に叶うスポーツはこの世に存在するのでしょうか」
「え… そうなの…?」

「それにラグビーは亡き父が愛したスポーツですから。私にとっては忘れたくても忘れられない、心の拠り所なのです」
「あは… そ、そうなの…」
「はい。それより。かずみん先生は遂にC級コーチの資格を取られたとか?」
「そうなの。やはり刺激になるわね、すごく勉強になったわ」
「スッゲーよな、かずみんは。もう南中はさ、あの辺りの名門校だもんなー」

「そうですね。去年の全中都大会ベスト4は惜しかったですね。あと一勝で関東大会出場… トラくん試合の後号泣していましたよ。」
「そうよー、あなた達がせっかく観に来てくれてたのに… あーーーー悔しいー!」
「でも今年のチームは有望だってトラくん言っていましたが?」
「そーなのよ! トレセンに三人出てるの! あとフロンティアのU12の子が二人、入ってくるのよお、どうしよう…」

「カツくんとてっちゃん。あの子達トラくんの大ファンなんですよ。だからU15昇格諦めてトラくんがいた南中でやるんだって。それでトラくんが成し得なかった全中全国大会に行くんだって。」
「うわー、責任重大じゃない、私…」
「それでもし本当に全国大会行けたらトラくん公認の舎弟にしてもらうんですって。男の子ってサッパリ意味がわかりません…」

「…… うん、そこは同意… それより、すごいね、あかねちゃん。四月からあの東大の法学部なんだって? 現役合格って、ホント凄いじゃない!」
「ありがとうございます」

「それにしても、人生ってわからないわよね、もしあの時あのまま慶王女子に行っていたらー」
「仕方ないです。あの事件で退学になったのですから」

 亜弓の表情が少し曇る。
「マジ、あんときは悪かったな… マスコミには出ねえように頑張ったんだけどな…」
「いいんです。お陰でみんなと同級生になれたしトラくんとも…」

「そうね、あなたが三年の五月に編入してきた時はビックリしたわよ。でもそこから頑張ったわよね、あの二学期の期末試験の全教科満点って、未だに伝説なのよ」
「そうですか。でもあの事で私どんな逆境にも屈しない強い心を持てた気がします。」
「ホントね。その後、お正月にお父様亡くなられて。でもまたそこで頑張って、都立の名門日々矢に入って。亡きお父様は、どんなにあなたを… うっうっうっ…」

「ったく… 泣くなかずみん! ほれ、後半始まんぞ! って、アンタの旦那、今日はベンチなのか?」
「G Mはベンチには入りません、スポンサー席にいる筈です」
「あれ、そー言えば、景虎は?」
「実家に預けて来ました。そろそろサッカー見せたいんですけど、まだ二歳ですから」

「それにしても景虎って… 飯田G Mは上杉謙信がお好きなんですか?」
「それもあるし。あと、どうしても、『トラ』っていう字を入れたかったの、私が。」
「「へーー、何故?」」
「だって… 私を変えてくれた、あの子の名前だから。」

 そう言って一美はハーフタイムを終え、ピッチに現れたトラを指差す。

「それよりも。亜弓さん! いい加減、ちゃんと考えなさい、永野さんとの事!」
「そうですよお母様。さすがにのんびり屋の私も堪忍袋の尾が切れそうです。と言うか永野さんも永野さんなのですけど。一体あなた方は何を考えているのですか!」

「な、何って… いや、だって、ほら、あれじゃん、わかんだろ、な、あ、始まったぞ後半!」

 必死に誤魔化す亜弓を呆れ顔で見つめる一美とあかねなのである。
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