第5章 第5話

文字数 968文字

「それでは。各グループは練習風景と練習試合の動画。各選手の経歴その他洗い出し。出来れば生年月日も」

 キョンがしれっと言い放つと、皆一斉に
「「「ハアー?」」」
「な、何よ。文句ある?」

 飯森が目を点にしながら、
「誕生日って、なんでそこまで?」
 キョンはそんなことも知らないの? 的な目付きで、
「知らないのアンタ達。かつてフランスを優勝に導いた代表監督、エメ・ジャケは選手起用を星占いで決めてたのよ」

 ヘーーー。皆が感心する中。
「あれー、それって、レイモン・ドメネクじゃね?」
 と平谷が呟く。
「しかもそん時って、フランス一次予選で敗退じゃね?」

 皆が即座にスマホを駆使してその事実を調べている間。

「ちょっと。松本君。」

 一美がトラの横にしゃがみ込む。自然にトラの目が豊かな胸の谷間に誘導され、トラは子猫になる。

「あなたの成績表とテストの結果調べたの。意外に数学の成績が良いのにはビックリしたわ」
「にゃん」
「ただ、国語。あなた、本読んだことある?」
「エロ本」
「却下。小説とかは?」
「にゃい」
「やっぱり。まずは読書から始めましょう。キミが興味持ちそうな本を幾つか選んでおいたわ。図書室で借りて行くと良いわね」
「にゃあー」

「読めない漢字はスマホで調べて。出来れば書ければ良いのだけれど。でも先ずは読めること、そして意味を知ること。良い、わかった?」
「にゃんにゃん」
「後。英語。これは壊滅的… キミ、海外でサッカーしたいんでしょ?」
「…… そっか…」

 釣り垂れ上がっていた目が虎の目となる。
「どの国に行くとしても、英語は基本。絶対出来なきゃ、ダメ」
「ハイ…」
「はい?」

 一美は思わず聞き返してしまう! あのトラが、真面目に「ハイ」と返事をした!
 どこまでこの子は変わって行くのだろう。どこまで私はこの子を伸ばせるだろう。

「とにかく。読書と英語。これだけは毎日少しずつ、やっていこう」
「ハイ」
「英語、良い参考書を英語の大滝先生から聞いておくわ。それまで一年生の頃の教科書を復習すること。出来る?」

 あっちゃー。トラは頭を掻き毟る。
「そんな昔の教科書。とっくに捨てちまったって…」
「そ、そう… 仕方ないわね。ちょっと待ってなさい」

 一美は立ち上がって会議室を出て行った。

 その後ろ姿を、トラは教師に対して初めて感謝の気持ちを抱きながら見送っていたものだ。
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