第3章 第6話
文字数 2,419文字
残りの二人は経験者ながらもやはり中学サッカーについて行くには体格、体力が足りず、試合に使えるのはユージと平谷だけであった。
これで十一人。何とか慶王戦の前半は善戦出来るだろう。だが後半には疲労が溜まり厳しい戦いとなるであろう。
よしんばこのリーグ戦を勝ち抜いても、直ぐに次のリーグ戦が待っている。そのレベルになるととても十一人では戦えないだろう。あと三人は試合で使える選手が必要なのだ。
だが。今は目の前の一戦を見据えるのみ。初戦で負ければそのままなし崩し的に敗退して行くであろう。
幸い、モチベーションは悪くない。特にトラの張り切り方には目を見張るものがある。
信頼できる仲間との最後の戦い。街一番のワルとして恐れられながらも、サッカーを通じて対等に仲間として扱ってくれた仲間への想い。
そして初めての恋。住む世界が違い過ぎると諦めかけたのだが、それはただの逃げであると気付いた。いや、気付かされた。
練習日には何とか都合をつけて練習を観に来るようになり、それが本人も周囲も全く違和感なく溶け込んでいるあかねをチラリと眺め、トラは更にやる気を昂めていく様子だ。
そんなトラを健太は暖かく見守りつつも、ほんの少しの羨ましさがあるのだった。あの人は試合を観に来てくれるだろうかーそう、トラの母親は、試合を…
「永野さん、そろそろ時間です…」
済まなそうな顔で一美が健太に近づいてくる。
「先生、新一年生の登録の件、すぐに対応してくれてありがとう。」
「そんな… それが仕事ですから。それに、何と言っても、あの松本君たってのお願いでしたからね。実はちょっと…、いやかなーり嬉しかったんですよ」
一美は本当に嬉しそうな顔で呟く。健太はその表情に何故か胸が熱くなる。
「だって… あの松本君が、私を頼ってくれた。教師の言うことなど全く聞かないあの子が、この私を… あまりに嬉し過ぎてこないだ顔を見に行っちゃった程です。」
そう言えばこの先生の笑顔を最近よく見るようになったな、健太はふと思った。初対面の頃はムスッとして感じ悪かったのだが、この頃はこの笑顔に時折ドキッとしてしまうー
亜弓のモデルばりの妖艶な美しさに対し、一美は汗が良く似合う爽やかな美しさだ。メガネの似合う知的美人とも言えよう。そう言えば何人かの生徒は、近頃この教師に女性への憧れの視線で眺めている。今日も足のラインが美しいピッチリのジャージ姿に、茅野や木崎は目が釘付けだ。
健太も気が付くと彼女の胸元から目が離せなくなることがある。この豊かな丘に顔を埋めたら… まあ、そんなことを考えている時に限って、
「おいコーチ。次の練習どーするよ!」
とキレ気味のトラの怒鳴り声がするのだが。
練習後、健太は一美から中体連の登録用紙に名前や住所などを記入する為、少し残って欲しいと言われる。トラ達には先に「スナック あゆみ」に行けと伝え、小さな会議室に言われるがままに入って行く。
そう言えば中学校の校舎に入るなんて何年ぶりだろう、克哉の学校以来かな、などと考えていると一美が数枚の紙を持ち入ってくる。
「えっと、ここと、ここに記入をお願いします、それからー」
健太の隣に座り、登録用紙を健太の前に差し出す。
「あ、ボールペン! これ使ってください」
と持っていたボールペンを健太に渡す。その時に一美と健太の指が触れる。ピンク色の電流が指先から脳に流れ、健太と一美は大きくビクッと体を退け反らせる。
「す、すみません…」
「こ、こちらこそ…」
そんな二人を中二の女子三人組が呆れながらドアの外から覗いている。
「何アレ… ガキかよ…」
「うーん、とても大人とは思えない…」
「ちょっとエッチな展開を期待してたウチらが間違ってたわ。」
「それなー、絶対なんかあると思ったけどー」
「んー、でも、あれれれ…」
外の三人には全く気づいていない中の二人は、お互いに既に心拍数MAXであり、健太は何とか早くここを出たい、そう考えていた。だが一美は、
『やっと、二人きりになれた… 今こそ、この想いを告げなければ!』
そう、一美は健太に自分の想いを告げようとしていたのだ。初めて会った時は冴えない中年男と思っていたが、先日の保護者会での健太の勇姿にすっかり参ってしまったのだ。
なんて男らしい… 流石バブル世代、やるときは派手にやる。あの行動力にあの日から完全に心を奪われてしまった。そうなると行動が早いのはアラフォー独女の特権だ。一刻も早く想いを告げて、大会が終わったら正式に付き合ってもらおう!
因みに、この年にしてはあまりに恋愛経験が少なく、健太と亜弓の関係は全く目に入っていなかった。
「永野さん、お話があります!」
(キター、マジマジ?)
(えええ、言っちゃう? 行っちゃう?)
(これガチじゃん! どーが、動画、はよ!)
外から動画撮影されていることにも気づかず一美は突き進む。
「え、何?」
健太は登録申請書を書き終えて一美に向き直る。近い。顔が、近い。一瞬にして健太の顔は紅潮し、一〇センチほど身を逸らす。
(うおおおおー、かずみん積極的やん!)
(こ、これはまさか、行くとこまで行くのではー)
(ハアハア、行く、のか、ハアハア…)
「永野さん、」
一美が健太の両手を握る。健太は完全硬直する。死後硬直ならぬ、生前硬直とも呼ばれる。
「私、」
(よ、よし、行けー)
(行けー、かずみん、今だけおーえんするっ、行けー)
(この動画、100万回視聴間違いなしっ!)
「永野さんの事、」
ゴクリと健太は唾を飲み込む。
(キターーーー!)
(ちょ、押すなし!)
(うわ、うわ、押すなって、あああああ)
ガッターン!
会議室のドアが大きく開かれ、三人娘のもえ、キョン、りんりんが会議室に雪崩れ込む。
「痛ってー」
「マジー、痛いー」
「うわ、スマホ、スマホやば、落としたー」
「あなた達! 何をしているの!」
「「「「すいません!」」」」
何故か健太も謝ってしまう。
これで十一人。何とか慶王戦の前半は善戦出来るだろう。だが後半には疲労が溜まり厳しい戦いとなるであろう。
よしんばこのリーグ戦を勝ち抜いても、直ぐに次のリーグ戦が待っている。そのレベルになるととても十一人では戦えないだろう。あと三人は試合で使える選手が必要なのだ。
だが。今は目の前の一戦を見据えるのみ。初戦で負ければそのままなし崩し的に敗退して行くであろう。
幸い、モチベーションは悪くない。特にトラの張り切り方には目を見張るものがある。
信頼できる仲間との最後の戦い。街一番のワルとして恐れられながらも、サッカーを通じて対等に仲間として扱ってくれた仲間への想い。
そして初めての恋。住む世界が違い過ぎると諦めかけたのだが、それはただの逃げであると気付いた。いや、気付かされた。
練習日には何とか都合をつけて練習を観に来るようになり、それが本人も周囲も全く違和感なく溶け込んでいるあかねをチラリと眺め、トラは更にやる気を昂めていく様子だ。
そんなトラを健太は暖かく見守りつつも、ほんの少しの羨ましさがあるのだった。あの人は試合を観に来てくれるだろうかーそう、トラの母親は、試合を…
「永野さん、そろそろ時間です…」
済まなそうな顔で一美が健太に近づいてくる。
「先生、新一年生の登録の件、すぐに対応してくれてありがとう。」
「そんな… それが仕事ですから。それに、何と言っても、あの松本君たってのお願いでしたからね。実はちょっと…、いやかなーり嬉しかったんですよ」
一美は本当に嬉しそうな顔で呟く。健太はその表情に何故か胸が熱くなる。
「だって… あの松本君が、私を頼ってくれた。教師の言うことなど全く聞かないあの子が、この私を… あまりに嬉し過ぎてこないだ顔を見に行っちゃった程です。」
そう言えばこの先生の笑顔を最近よく見るようになったな、健太はふと思った。初対面の頃はムスッとして感じ悪かったのだが、この頃はこの笑顔に時折ドキッとしてしまうー
亜弓のモデルばりの妖艶な美しさに対し、一美は汗が良く似合う爽やかな美しさだ。メガネの似合う知的美人とも言えよう。そう言えば何人かの生徒は、近頃この教師に女性への憧れの視線で眺めている。今日も足のラインが美しいピッチリのジャージ姿に、茅野や木崎は目が釘付けだ。
健太も気が付くと彼女の胸元から目が離せなくなることがある。この豊かな丘に顔を埋めたら… まあ、そんなことを考えている時に限って、
「おいコーチ。次の練習どーするよ!」
とキレ気味のトラの怒鳴り声がするのだが。
練習後、健太は一美から中体連の登録用紙に名前や住所などを記入する為、少し残って欲しいと言われる。トラ達には先に「スナック あゆみ」に行けと伝え、小さな会議室に言われるがままに入って行く。
そう言えば中学校の校舎に入るなんて何年ぶりだろう、克哉の学校以来かな、などと考えていると一美が数枚の紙を持ち入ってくる。
「えっと、ここと、ここに記入をお願いします、それからー」
健太の隣に座り、登録用紙を健太の前に差し出す。
「あ、ボールペン! これ使ってください」
と持っていたボールペンを健太に渡す。その時に一美と健太の指が触れる。ピンク色の電流が指先から脳に流れ、健太と一美は大きくビクッと体を退け反らせる。
「す、すみません…」
「こ、こちらこそ…」
そんな二人を中二の女子三人組が呆れながらドアの外から覗いている。
「何アレ… ガキかよ…」
「うーん、とても大人とは思えない…」
「ちょっとエッチな展開を期待してたウチらが間違ってたわ。」
「それなー、絶対なんかあると思ったけどー」
「んー、でも、あれれれ…」
外の三人には全く気づいていない中の二人は、お互いに既に心拍数MAXであり、健太は何とか早くここを出たい、そう考えていた。だが一美は、
『やっと、二人きりになれた… 今こそ、この想いを告げなければ!』
そう、一美は健太に自分の想いを告げようとしていたのだ。初めて会った時は冴えない中年男と思っていたが、先日の保護者会での健太の勇姿にすっかり参ってしまったのだ。
なんて男らしい… 流石バブル世代、やるときは派手にやる。あの行動力にあの日から完全に心を奪われてしまった。そうなると行動が早いのはアラフォー独女の特権だ。一刻も早く想いを告げて、大会が終わったら正式に付き合ってもらおう!
因みに、この年にしてはあまりに恋愛経験が少なく、健太と亜弓の関係は全く目に入っていなかった。
「永野さん、お話があります!」
(キター、マジマジ?)
(えええ、言っちゃう? 行っちゃう?)
(これガチじゃん! どーが、動画、はよ!)
外から動画撮影されていることにも気づかず一美は突き進む。
「え、何?」
健太は登録申請書を書き終えて一美に向き直る。近い。顔が、近い。一瞬にして健太の顔は紅潮し、一〇センチほど身を逸らす。
(うおおおおー、かずみん積極的やん!)
(こ、これはまさか、行くとこまで行くのではー)
(ハアハア、行く、のか、ハアハア…)
「永野さん、」
一美が健太の両手を握る。健太は完全硬直する。死後硬直ならぬ、生前硬直とも呼ばれる。
「私、」
(よ、よし、行けー)
(行けー、かずみん、今だけおーえんするっ、行けー)
(この動画、100万回視聴間違いなしっ!)
「永野さんの事、」
ゴクリと健太は唾を飲み込む。
(キターーーー!)
(ちょ、押すなし!)
(うわ、うわ、押すなって、あああああ)
ガッターン!
会議室のドアが大きく開かれ、三人娘のもえ、キョン、りんりんが会議室に雪崩れ込む。
「痛ってー」
「マジー、痛いー」
「うわ、スマホ、スマホやば、落としたー」
「あなた達! 何をしているの!」
「「「「すいません!」」」」
何故か健太も謝ってしまう。