第2章 第13話

文字数 1,267文字

「なんか。いいね、思ったよりずっと、あのチャラ女。」

 保護者会の帰り道。健太は亜弓と二人、学校を後にして歩いている。ソメイヨシノはすっかり満開となり、学校から雑色駅の途中の公園はピンク色に輝いて見える。

「意外と熱血なんだね。元々バレーの選手だったんだ。」
 健太も先生の経歴は殆ど知らなかったので、それ程の人物とは思っていなかった。それに先日までの冷たい態度が今日は一体どうしたのであろう、保護者たちにあれ程頭を下げ協力を以来するとは夢にも思っていなかった。

 顧問の協力、それも熱ければ熱いほど、良い。
 これは、ひょっとすると。来月は面白い試合が多々見れるかもしれないな。

 一人ニヤケ顔の健太の横顔を見ながら、亜弓は
「ねえ。河川敷の桜、観に行かない?」
 健太は亜弓を振り返る。女性と花見、それも亜弓と…

「いいね。店の時間は大丈夫?」
 徐々に顔が赤くなっていく健太が尋ねると、
「うん、まだ三時じゃん。五時頃に着ければいいや」
「よし。行こっか」

 健太の心が春の日差しの様に暖まる。あゆみの頬が桜色に見えた健太は、改めて亜弓の美しさに見惚れてしまう。やはりどう見てもモデルかタレントだ。

 元妻の良子とは上司の紹介で知り合ったので、見た目はあまり気にしなかった。それまで付き合った何人かの女性も、健太からではなく相手から告白されたので、即ち健太が好きになって告白したことは未だかつてなかった。

 そして、これまで付き合った女性とはかけ離れた美しさの亜弓が、今こうして隣を歩いているのだ。

 いや、美しさだけではない。健太はこれまで、これ程熱い魂を持った女性を知らなかった。彼女は困っている人間を決して放置せず、守るべきものを体を張ってでも守り通す。
 そして正しいと思ったことは決して曲げずに貫き通す。そんな強さを持つ女性に未だかつて会った事はなかった。

 俺には似合っていない。アイツらだってそう言っていたし。この間の「スナック あゆみ」での生徒たちの笑い声が脳裏に蘇る。そうだよな。これも別に大した意味はないんだよな。単に満開の桜が見たいだけなんだよな、この人は。
 諦めの笑みが顔に広がる。

 その笑みを横目で見ながら、亜弓は胸の鼓動が収まらなくなっている。
 アタシとは住む世界が違う。過ごして来た環境が違いすぎる。
 学生時代からサッカーの名選手で進学校から六大学。卒業後は世界的大メーカーに入社し、去年までは部長。有名大学生の息子もいる。

 比べて、アタシ。高校中退。地元のチンケな族の出。スナック、キャバクラで働いて子供を育て、その子は少年院。
 違いすぎる。あまりに、違いすぎる。
 それに。亡くなった旦那程ではないが、体も大きく、顔だってかなりイケている。初めて店にきた日とは全くの別人の様である。

 こんな人がトラの父親だったのなら。
 ずっとそう思っていたのだが。
 河川敷の桜を目を細めながら眺めている健太の横顔を見て、
 ああ、この人がアタシの夫だったのなら

 そんな叶う筈のない望みを飲み込んで、亜弓も多摩川を彩るソメイヨシノに目を向けるのだった。
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