第5章 第7話

文字数 2,273文字

「な、なんだコイツら…」
「… うま過ぎ…」
「流石、全国大会常連校、だね…」

 慶王大麻布グランド。先週、なんとかギリギリで勝つことが出来た慶王中相手に、富士見坂中学は前半だけで四点取っていた。

「上には、上ってヤツか。」
 トラがボソッと呟く。隣でキョンが頷く。
「ここは幼稚園から高校までの一貫校なんだよね。幼稚園から授業でサッカーあるんだって。Jリーガー何人も出してるし。名門中の、名門だね」

 キャプテンの小谷も、
「一昨年だっけ? 全国大会で三位。まあ都内じゃ最強じゃね?」
 相変わらず十五分遅刻してきた平谷も、
「へーー。なかなか上手いじゃん。面白そう」
 と目を輝かせている。

「クラブチーム並みのテクニック。そして戦術。これは流石に厄介な相手だな」
「それをなんとかするのが、トラくんでしょ? 期待してるよー」
「バーカ。そんな簡単な話じゃねーって。」

 Aチーム同士の試合は後半にも更に三点を加えた富士見坂中の圧勝であった。

 試合の帰り道。小谷が、
「蒲田で飯でも食いながら、対策考えよーぜ」
「「「いーねー」」」
「何にするよ、トラ?」

 怪訝な顔をしたトラに小谷が首を傾げながら、
「ん? 行くだろ?」
「んーー。それよか、オレん家来るか?」
「「「「いーよー」」」」
 一人、小谷だけは納得がいかない顔であった。

 トラ達が「スナック あゆみ」に到着すると、後から続々と他の中学を偵察したメンバーも集まって来る。
 他のメンバーは和気藹々としているのに対し、富士見坂中の偵察チームは、重い雰囲気を垂らしまくっている。その空気を察した生徒は、

「なになに、やっぱ富士見坂、スゲかった?」
 と集まって来る。
 キョンが動画を共有フォルダに入れると、皆一斉にそれを再生する。そして、皆も重い空気に蝕まれていく。

「これはちょっと… もはや、クラブチームレベル…」
「凄いよね、凄すぎる…」
「コーチが見たら、なんて言うかな…」

 案の定皆のテンションはみるみるうちに下がっていく…
「ケンタ、に相談してみっか…」

 トラがボソッと呟いたと思うと、スマホを取り出し健太にメッセージを書き始める。それを合図に、他の中学の偵察の結果を話し合い始めるのだった。

『…だから、練習試合で強いところとやってみるのがいいかと』

 健太はトラからのメッセージを眺めながら、ソーダ水をクイッと飲み込む。

 練習試合。それも、富士見坂レベルの相手。健太はその相手は一択しかないと思い、スマホの連絡先のアプリをタップし、出来れば練習試合を頼みたい旨書き込み送信する。
 スマホをテーブルに置くや否や、電話がかかって来る。

「健太さんから連絡なんて珍しい。こないだはどーもでした。蒲田南、頑張ってるみたいですねー」
「おうマサ。急にすまんな。ところでさっき書いた件なんだけど…」
「いいですよ。Aチームはちょっと厳しいかもしれませんけど、Bチームで良いのなら。喜んでー」
「おお、助かる。是非頼む。時間と場所は任せるよ」
「それなら、急なんですけど、今週末の土曜日、如何ですか? グランドはウチの第二グランドで。十五時から。」
「えーと、第二グランド、十五時。すまない。ホント助かる」

「勿論、松本、キーパー、一年の元S C東京も来ますよね?」
「ははは、そっちが目的かよ?」
「ええ。ちょっと話題になってるんで。蒲田南のG Kと新一年」
「アイツらこないだ、S C東京のスカウトに声かけられてたぞー」
「マジすか? やば… とにかく、十五時。お待ちしてますんで」

 健太は電話を切り、その旨をメッセージに認めてトラに送信する。
 フォルダーに入っていた動画を再生し、富士見坂の実力を確認する。これは手強い。全く歯が立たないのでは、そんな弱気に囚われてしまう。
 今週いっぱい、富士見坂対策を真剣に突き詰めよう、そう誓って健太は風呂場に向かった。

「おーい。みんなー。ギョーム連絡―」

 トラが健太からのメッセージを読み、声を張り上げる。

「今週の土曜、川崎フロンティアと練習試合入ったから」

 しんと静まり返る。
「十五時に川崎のグランドに集合だってよ。平谷―、遅刻すんなよー。一緒に行くかー」
「いーっすねー、川崎。うは、さすが永野コーチのツテ、スゲー」

 小谷はゴクリと唾を飲み込み、
「いやいやいや… あの、フロンティアと、試合って…」
「無理無理無理… ボール触れないっしょ…」
「…マジで? あのフロンティアと? ないない…」

 口々に弱気が噴き出す。キョンでさえ、
「ちょっと、相手強過ぎない? 流石に富士見坂もここまで…」
「だからいーんじゃね? ホントの実力あるとことやっとけばー」
「うん。わかるよそれは。でも、フロンティアって…」
「エリート中のエリートの集まりだろ。無駄だって、やっても…」

 トラはテーブルをバンと叩き、
「もー、そーゆーの、やめねえかオマエら。やる前からビビって無理だ無理だって。そーゆー秘訣な考えじゃ、この先何やってもダメだろーが!」

 皆はゴクリと唾を飲み込み、そして俯く。

 これまでの自分たちの人生を思い返してみる。やる前から諦める。出来ればそれを避ける。逃げる。そんな人生を送ってきたし、これからもそうなるであろう、今のままでは…

 一人だけ別の空気を纏う強者がボソリと、
「トラくん。秘訣じゃないでしょ。卑屈でしょ?」
「ウッセーな平谷。何オマエ、実は頭いいの?」
「まー、トラくんよりは?」
「マジか! 今度英語教えろ!」
「It`s my pleasure」
「… 誰か… コイツ今何て言った…?」
 
 爆笑が「スナック あゆみ」に轟きわたる。
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