第1章 第14話

文字数 1,341文字

 学校のグランドは毎日使える訳ではなく、精精週に二回だそうだ。他の野球部とかは週三で使えるのだが、
「副校長の許可が下りなくて。それは仕方ないと思いますよ、あの子たちの日頃の行いからすれば。」

 相変わらずつっけんどんな態度で一美が吐き捨てる。
「特に松本君とか取り巻きの子達が気に入らない様で。でも少年院行く程なので、副校長の気持ちも仕方ないですよね」

 あの最悪の初対面以来、一貫してこの態度だ。健太に対して、部員に対して協力しようとする姿勢ゼロ。毎回の練習をいかに早く終わらせようか、そんな雰囲気に健太も壁壁としている。

「永野さんの指導許可証は今月いっぱいに発行されそうですよ。この件に関しては、「元Jリーガーで玉テクの部長がコーチに来る!」と副校長は大喜びでした。」
 若干違うけどな。健太は苦笑いをする。それよりも…

 本当に俺はコーチを引き受けていいのだろうか?

 健太はこの数日、そればかり考えていた。コーチを引き受けると言うことは、コイツらのサッカー人生の一部を俺が預かる、と言うことだ。俺の一挙手一投足がコイツらの心身に影響を与えるのだ。

 こんな公私共に脱落したサラリーマンがコイツらを指導しても良いのだろうか。もし俺が保護者だったら、猛反対する。そんな半端な人間には絶対子供を預けたくない。

「先生、俺さ、部長じゃないんだよ。元部長。今は色々問題を起こして、休職中なんだ…」
 一美の知的冷徹メガネがずり落ちる。
「はあ? ど、どういうことですか?」
「それに去年離婚して。一人で自堕落な生活してるんだ、今。それでも俺がコーチを引き受けていいのかな? コイツらの保護者はそれでいいのかな?」

 話が、全然違う! 見るからにちょっと怪しい中年男とは思っていたが、まさかこんな没落者!だったとは…
「そ、それは… 本当なんですか、そうなんですか?」
「うん。後から言われたくないんだよ。だからその辺りをさ、コイツらの保護者と話し合ってくれねーかな」
「は、はあ…」

 その数日後。健太の元に一美からメールが入る。
『今週末、サッカー部の保護者会が開かれます。御足労ですが来校して頂けませんでしょうか、どうぞよろしくお願いいたします』

 健太は深く溜息をつく。

 俺は、どうしたいんだ? コーチを引き受けたいのか? どうなんだ…
 わからねえ。全然わからねえ。
 頭を抱えていると、スマホに電話が着信する。誰だこの番号は? ひょっとして亜弓か、と思い、

「ハイ、永野ですが」
「うわ、マジで永野? 俺、覚えてるかな、西中の高橋だけどー」
「西中の高橋って… え? ケンタ?」
「そーそー、俺とオマエ、ダブル健太! うわー懐かしー おい、元気かよ?」
「俺はアレだけど、お前何してんだよ? まだ門仲か?」
「おうよっ 変わらずインテリアコーディネーターってヤツよ」
「ただの左官屋だろうが」
「ウッセー、それより健太は今何処にいんだよ?」
「蒲田の近く。もう二十年かな」
「おおおー、まだサッカーやってんのか?」
「とっくに引退よ。今はヒラ社員だ」
「そっかー。忙しいのか?」
「いや。相当暇だぞ」
「こっち遊びこねえか、たまには?」
「…そうだな。久しぶりの、門仲か…」
「じゃあ、今夜は? これから来いよ」
「マジかよ…お前、相変わらずだな」
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