14.対峙③

文字数 1,615文字

 *

「準備は出来たか?」
 影の声に、友香は手を挙げて応えた。
 雑居ビルの裏手、ライブハウスの非常口の前に彼らは陣取っていた。開け放たれた扉の内側には、撮影に使う照明のようなものが3つ設置されている。開発部が試作した対ゴーレム用の投光器である。
 いつでも点灯できる状態にしたその横には、外の水道から伸ばしてきたホースが屋内に向けて置かれ、ちょろちょろと水が流れている。
「うまくいくかな」
「ま、なんとかなんじゃねえ?」
 不安げな友香に、影は普段と変わらぬ軽い口調で応える。
 アレクの守護者である影は、思念を通じてアレクと連絡を取ることが出来る。一足先に現場に着いたアレクからの指示は、現場が機密性の高いライブハウス、しかも窓のない地下であることを利用した簡潔なものだった。要は、表と裏の通用口を塞ぎ、挟み撃ちにするだけである。
「ま、いざとなったら俺が止めてやるから安心しろ」
「わーかげすごーいさすがーかっこいいー」
「てめえ、本気にしてねえな?」
 棒読みでパチパチと手を叩く友香を、影はじろりと横目で睨む。
「ちゃんと頼りにしてるってば」
 苦笑する友香に、意趣返しとばかりに、影がにやりと口元を引き上げた。
「あーそうだよな、誰かさんのことしか眼中にないもんなー」
「ちょ……っ、何言って!」
「――――と。来るぞ」
 それまでとはがらりと空気を変えて、影が言った。同時に、投光器が一斉に光を放つ。
「了解!」
 一言応え、友香は床を流れる水に手を添える。
「――――水よ」
 友香の手元に薄緑の光が宿る。その光に呼ばれるように、ホースから漏れる水の量が倍加した。
 ――――ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ
 奥から、巨大な芋虫の這うような音が近づいてくる。
「まだだ、もう少し引き寄せるぞ」
 影がささやく。
「3、2、1――――」
 カウントと同時に、影が投光器の光を一点に集約させる。奥から勢いよく這い上がってきたゴーレムが、その直撃を受け、一瞬動きを止めた。
「――全てを浄めよ!」
 その隙を逃さず、友香が叫んだ。同時に、床に流れていた水が、怒濤となってゴーレムを襲う。
「あああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁああ」
 光と水の双方が、八方からゴーレムの身体を構成する闇を削り落としていく。
 悶絶するように身体をくねらせ、再び奥へと後退しようとするソレの退路を塞ぐように、背後からは睦月とアレクの光が追って来た。
 前後から光に挟まれ奔流に削られて、ソレが身をよじらせる。
 そして――――

「ぎ…………ゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 絶叫が尾を引いて、ビリビリと建物が振動した。

 そうして再び――訪れる、静寂。

「~~~~っ」
 へなへなと膝が崩れる。へたり込んだ睦月の腕を、アレクが掴んだ。
「やったな」
「う、うん……やっつけた、のかな?」
「多分な。裏に影と友香を配置してたから、外には逃げられなかったはずだ」
 その言葉に、はあーっと睦月は大きく息を吐いた。
「め…………っちゃくちゃ怖かった……」
「いやほんまそれ」
「だよね」
「話は後だ。人が集まってくる前に行くぞ」
 アレクの声を号令に、一同はその場を後にした。
 *

「――ちっ、これだけか」
 手元に引き寄せたゴーレムのなれの果てを眺め、紫月は苦い顔で舌打ちをした。予定の半分以下――どころか、十分の一にも届いているかどうか。
「あのクソ女に何を言われることやら」
 バルドに遭遇した時点で、いやな予感はしていたのだ。せめて奴を遠ざけることができればと脅してはみたが、結局はこのざまだ。
 餌になる筈だった人間の大半が逃げ延び、僅かに呑み込んだ闇もその大半がバルドと「ランブル」の連中によって削り取られてしまった。
「こうなれば……次の手に出るほかないか」
 こんなペースではいつまで経っても目的を達成することができない。手の中に残った僅かなゴーレムの破片を握り潰し、紫月は唸るように呟いた。
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