19.探し人①

文字数 1,909文字

 師走に入ったばかりの街は、どこか浮き足立っている。終わろうとする年への焦燥と新しい年への期待。日に日に冷たくなる風に追われるように、誰もが急ぎ足で街を歩く。
 亮介は、太陽が傾き始めた午後の街を足早に歩いていた。
「……」
 足を止め、辺りを見回す。まだ昼の明るさに照らされた街には活気が溢れている。夜とは全く異なる様相に、亮介は別の街に迷い込んでしまったかのような錯覚を抱いた。
 街路を行き交う人々の中から目当ての人物を探そうと、亮介は目を皿のようにする。営業の途中だろうか、白い息を吐きながらもうっすらと汗ばんだ額を拭いつつ、足早に通り過ぎていくスーツ姿の男女。亮介と同じくらいの年頃の男子生徒たちは、学校帰りだろうか。楽しげに笑いながら自転車で通り抜けるその背中を見送って、亮介はふと目を伏せる。
 学生生活を満喫する彼らは明るいエネルギーに満ちて、今が人生の盛りとばかりに光り輝いているように見えた。同じ年頃なのに、既に人生に倦んでいるような自分とは正反対の彼らは眩しくて―――そして疎ましい。
 家のことさえなければ、自分もあんな風に日々を謳歌できたのだろうか――そんなことを考えている自分に気づき、亮介は静かに首を振った。
 考えても意味のないことだ。それよりも、彼を見つけなくては。

 *

「あいつ? そういや最近見てないんじゃね?」
「俺、何日か前にあっちのコンビニの辺りで見かけたけど」
 探し人の出入りしそうな場所を回り始めて2周目、ファミレスの前で顔見知りの少年たちと出会った時には、既に夕日が街を赤く染め始めていた。
 冬の日は短い。急がなければ、あっという間に暗くなってしまうのに。未だに目当ての人物が見つからないという焦りと、ようやくヒントになりそうな目撃証言に出会えた安堵で、思わずほっと息を吐く。
「でもさ、アイツ最近おかしかったんだよ」
 声を潜める少年たちとは、亮介も何度かゲームセンターなどで顔を合わせたことがある。
「なんか妙に元気っていうか、イラつく感じ」
「ああ、それは俺も思ってた。なんかハイっつうか、そんなキャラじゃなかっただろって」
 それは、亮介が先日――2週間前の夜に抱いたのと全く同じ感想だった。
 2週間前の夜、路地裏でたまさか遭遇した彼は、以前とはどこか違っているように感じた。その奇妙な感覚は、彼が小さなビニール袋に入ったクスリを取り出した瞬間に既視感へと変わった。あの瞬間のぞわりとした嫌な感覚は、今でもまざまざと思い出せる。
「クスリでもやってるんじゃないかって思ったくらいだし、近づかない方がいいんじゃね?」
「どうしても用があってさ。あっちのコンビニの方って言ったよな? 行ってみるわ」
 そう言うと、少年たちに礼を告げて亮介は踵を返した。

 彼らの感覚は――近づかない方がいいという言葉は、正しいと亮介も思う。
 けれどどうしても、あの晩の彼に――トオルと同じあのクスリを飲んでいた彼に、亮介は会わなくてはならない。そんな焦燥に駆られ家を飛び出したというのに、目当ての彼は、一向に見つからなかった。よくたむろしていたコンビニにも、ゲームセンターにも。
 もうすぐ日が沈んでしまう。その前に見つけて話をしたいのに。
 元々、夜の街でつるんでいた間柄だ。暗くならないと現れない可能性も高いことは、誰に言われなくともよく分かっている。けれどどうしても、暗くなる前に話を付けなくてはならないのだ――亮介自身の身を守るために。

 二週間前のあの日、酷く疲れた様子で戻ってきたマスターに連れられて、亮介は自宅に帰った。
「亮介、あんたしばらくあの辺に近づかない方がいいわね」
 自宅まで亮介を送っていく道々、マスターは亮介にそう告げた。
「たぶん、顔を覚えられてるだろーからね」
 そう言ったのは、レイという外国人だ。なぜこの人まで着いてくるのだろうと思いながら、亮介は疑問を口にする。
「え、誰に?」
「シヅキって奴」
 その言葉が、記憶の隅を刺激する。
「……あ、さっき、アイツが言ってた!」
 あのクスリを配り歩いているという人物の名だ。
「え、じゃあ……」
 マスターが急に態度を変えて逃げるように店に戻ったのも、その男があの場にいたからなのか。
「うかつだったわ。助けたつもりが却って巻き込んだわね」
 申し訳なさそうに眉を下げ、マスターが言う。
「けど確信したわ。あの男は理屈の通じる相手じゃない。危険だから、しばらくあの辺りには行かない方がいいわ」
「え、でもマスターは」
「店はしばらく閉める。だからあんたも来ちゃだめよ。特に日没後は絶対に近づかないこと、いいわね?」
 断固たる口調に、亮介は戸惑いつつも頷くほかなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み