13.狩り場

文字数 1,482文字

 楽屋口に戻った睦月の目にまず飛び込んだのは人だかりだった。
 廊下の真ん中辺りに、十人程度の人々が輪になっている。そこから少し離れた所、楽屋とおぼしき部屋の戸口には、友人達の姿が見える。
「何かあったの?」
「ああ、睦月――やっと来たんか」
 駆け寄った睦月に、直人が振り返る。何気ない風を装っているが、声が固い。
「……どうかした?」
「何かさ、あそこにいるにーさんが具合悪いっぽい」
 と言ったのは岬だった。
「成瀬の知り合い?」
「いや、別のバンドだから知らない奴だけど――」
 いつの間にか合流していた成瀬が首を振る。ふうん、と呟いた睦月の袖を直人がそっと引いた。
「何?」
「……今すぐ友達連れてここから出た方がええ。嫌な予感がする」
「……嫌な予感?」
 瞬時に、先程遭遇した男の言葉が脳裏をよぎった。ぞっと背筋が粟立つのを押さえ、睦月は問い返す。
「ああ――、『胤』にやられかけた時の感じに似てる」
 と直人が真剣な目で頷いた。彼もまた、あの圧倒的な闇の力を前に手も足も出なかった日のことを思い出すだけで、背筋に冷たい汗が流れる気がする。
「…………あのさ」
 これは一刻を争う事態かもしれない。ごくりと生唾を飲み込むと、睦月はさらに声を潜めた。
「さっき、トイレで――」
「――な、何だアレ!?」
 唐突に、成瀬が大声を上げた。その隣で岬も廊下を呆然と見つめている。
「……おい、何かやばくないか…………?」
「何? どうしたの!?
 ………………!!」
 慌てて廊下に視線を戻したその先には、異様な光景が広がっていた。
 人だかりの中心に、何かがいる。異様なまでに長く伸びた人影としか見えないのっぺりとしたモノが佇んでいる。
 その場にいた誰もが、金縛りに遭ったかのように身動きできぬまま、固唾を呑んでそれを見つめていた。

 ――ゴーレムだ……。

 瞬間、「狩場になる」という紫月の言葉が思い出される。「食われる」という一言も。

 ――まずい、みんなを避難させなくちゃ……

 そう思ったのと、同行していた二人の公安部員が動いたのは、ほぼ同時だった。

 ――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ

 火災警報器のベルがけたたましい音を立ててフロア全体に響き渡る。見れば、廊下のボタンを京平が叩き割っていた。そして。
「――火事や!! 全員逃げろ!!」
 直人の声が、合図となった。
 全員が我に返ったかのようにビクリと身動きしたかと思うと、一瞬で身を翻して走り出す。
「――俺らも行くで!」
「え、でも……」
「ここでは戦えない。とにかく全員を避難させた上で、奴を外に出さないようにする。萩原は先に外に出てろ」
「友香さんがどっかにいる筈や。状況を伝えて援護を頼んでくれ」
 既に、彼らの他には廊下のゴーレムと、おそらくその元となったのだろう青年の姿しかない。青年は虚脱したような表情で、廊下に膝をついたままぴくりとも動かない。
「あの人は……」
「……下手に助けようとしたら、こっちが危ない。とにかく行くぞ」
「でも――」
 睦月が言い募ろうとした瞬間だった。

 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ…………

 不意に奇妙な音が辺りに響き始めた。
「……何の音や」
 辺りを見回し、直人が呟く。
「――あれ!」
 先に気づいたのは睦月だった。
 それまでただのっぺりとした異様な存在感のまま佇んでいたゴーレムが蠕動を始めている。不気味な音はそこから発していた。
「……本格的にやばいぞ!」
 京平が廊下に結界を張る。同時に直人が睦月の腕を掴んだ。
 そして。
「とにかく逃げるぞ!!」
 引きずられるように走り出すその瞬間。睦月は――見た。
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