20.拒絶と受容
文字数 1,373文字
バタンと大きな音を立てて荒っぽく扉を閉めると、ユイはそのままぺたりと三和土に座り込んだ。
「……」
胸が苦しい。ここまで走り通してきたせいで、なかなか呼吸が整わないからだ。荒い息を吐きながら、ユイはスマートフォンを取り出した。ずず、と鼻をすすり上げ、目尻に滲んでいた涙をぐいっと拭う。
『――もしもし?』
通話ボタンを押すと、数回のコールで相手が出た。久しぶりに聞く声だ。
「マスター……」
『ユイ? どうした、何かあったの?』
電話越しでも、泣いていることに気づかれてしまったらしい。心配そうなマスターの声が聞こえた瞬間、込み上げてきた嗚咽をユイは必死に押し留めた。
「リョースケに……会った」
『……そう。それで?』
マスターが静かに問う。
「あたし……びっくりして」
予期せぬ再会でパニックに陥って、どうして良いか分からなくて。グルグルと胸の奥に渦巻く何かが急速に膨れ上がったかのようで。
「逃げたんだけど、リョースケが追っかけてくるから、なんか頭マッシロんなっちゃって」
未だに高ぶったままの感情をおさめようとするかのように、一言一言区切りながらユイは言う。
「ヒドいこと、言っちゃった」
お前なんか知らない、大嫌いだと、相手の全てを否定する言葉を投げつけてしまった。そんなこと、言うつもりはなかったのに。あんな感情が自分の奥底に沈んでいたなんて、知らなかった。黒くてぐちゃぐちゃに混ざり合った――まるでドブ川の底に沈んだ泥のような。
『――あんたは何も悪くないわ』
静かな声が耳を打つ。
『あの子達を許せないと思う気持ちを、あんた自身が否定しなくて良いのよ』
「でも」
『いいのよ、許せなくても。置いて行かれて、悲しかったんでしょう?』
スマートフォンを握る手に力がこもる。
あの時、彼らは誰ひとり、ユイを助けに戻ってきてはくれなかった。けれど――あんなバケモノがいて、逃げない奴なんていない。だから逃げた仲間達に怒りも恨みも、抱いていない。そう思っていたのに。
『そうか――あんたは今まで、自分の感情に蓋をしてたのね』
マスターがぽつりとそう呟いた。
『けど、それがどんな感情であれ、自覚できるようになったのは進歩よ。否定しないで、自分の気持ちと向き合いなさいな』
「マスター……あたし」
諭すような声に、ユイの目からぽたりとしずくが落ちる。
「あたし……」
ポタポタと涙をこぼしながら、ユイはしゃくり上げる。
マスターの言葉が腑に落ちる。信じていたのに、置いて行かれた。見捨てられたようで、悲しくて――どうして置いていったのかと恨んだ。けれど、仲間だと思っていた彼らを恨みたくなくて、置いて行かれた自分を惨めだと思いたくなくて、その心に蓋をした。そうして全てをバケモノに対する恐怖に転嫁して、言葉を閉ざした。
――そうか、あたし、悲しかったんだ
言葉にしたら、ぐちゃぐちゃだった黒い物がほんの少しだけスッキリしたような気がした。
ボロボロとしゃくり上げるユイに、電話の向こうからは何の声も聞こえない。けれど、カチャカチャと物音はするから、通話が切れたわけではなさそうだ。
ただ黙って寄り添われている感覚に、少し気持ちが落ち着いてくる。
「……マスター、今から店行ってもいい? 話があるんだ」
そう言ったユイのポケットの中で、小さな袋がかさりと鳴った。
「……」
胸が苦しい。ここまで走り通してきたせいで、なかなか呼吸が整わないからだ。荒い息を吐きながら、ユイはスマートフォンを取り出した。ずず、と鼻をすすり上げ、目尻に滲んでいた涙をぐいっと拭う。
『――もしもし?』
通話ボタンを押すと、数回のコールで相手が出た。久しぶりに聞く声だ。
「マスター……」
『ユイ? どうした、何かあったの?』
電話越しでも、泣いていることに気づかれてしまったらしい。心配そうなマスターの声が聞こえた瞬間、込み上げてきた嗚咽をユイは必死に押し留めた。
「リョースケに……会った」
『……そう。それで?』
マスターが静かに問う。
「あたし……びっくりして」
予期せぬ再会でパニックに陥って、どうして良いか分からなくて。グルグルと胸の奥に渦巻く何かが急速に膨れ上がったかのようで。
「逃げたんだけど、リョースケが追っかけてくるから、なんか頭マッシロんなっちゃって」
未だに高ぶったままの感情をおさめようとするかのように、一言一言区切りながらユイは言う。
「ヒドいこと、言っちゃった」
お前なんか知らない、大嫌いだと、相手の全てを否定する言葉を投げつけてしまった。そんなこと、言うつもりはなかったのに。あんな感情が自分の奥底に沈んでいたなんて、知らなかった。黒くてぐちゃぐちゃに混ざり合った――まるでドブ川の底に沈んだ泥のような。
『――あんたは何も悪くないわ』
静かな声が耳を打つ。
『あの子達を許せないと思う気持ちを、あんた自身が否定しなくて良いのよ』
「でも」
『いいのよ、許せなくても。置いて行かれて、悲しかったんでしょう?』
スマートフォンを握る手に力がこもる。
あの時、彼らは誰ひとり、ユイを助けに戻ってきてはくれなかった。けれど――あんなバケモノがいて、逃げない奴なんていない。だから逃げた仲間達に怒りも恨みも、抱いていない。そう思っていたのに。
『そうか――あんたは今まで、自分の感情に蓋をしてたのね』
マスターがぽつりとそう呟いた。
『けど、それがどんな感情であれ、自覚できるようになったのは進歩よ。否定しないで、自分の気持ちと向き合いなさいな』
「マスター……あたし」
諭すような声に、ユイの目からぽたりとしずくが落ちる。
「あたし……」
ポタポタと涙をこぼしながら、ユイはしゃくり上げる。
マスターの言葉が腑に落ちる。信じていたのに、置いて行かれた。見捨てられたようで、悲しくて――どうして置いていったのかと恨んだ。けれど、仲間だと思っていた彼らを恨みたくなくて、置いて行かれた自分を惨めだと思いたくなくて、その心に蓋をした。そうして全てをバケモノに対する恐怖に転嫁して、言葉を閉ざした。
――そうか、あたし、悲しかったんだ
言葉にしたら、ぐちゃぐちゃだった黒い物がほんの少しだけスッキリしたような気がした。
ボロボロとしゃくり上げるユイに、電話の向こうからは何の声も聞こえない。けれど、カチャカチャと物音はするから、通話が切れたわけではなさそうだ。
ただ黙って寄り添われている感覚に、少し気持ちが落ち着いてくる。
「……マスター、今から店行ってもいい? 話があるんだ」
そう言ったユイのポケットの中で、小さな袋がかさりと鳴った。