17.地ならし④

文字数 2,083文字

「てか、九分九厘確定っしょ」
 友香の脇、ソファのすぐ隣に椅子を移動したロンが低い声で吐き捨てるように言った。
「心証ではな」
 落ち着け、と言いたげな視線を投げて、アレクが返す。
「少なくとも蓋然性が最も高いのは間違いない。だが、奴らを叩くなら確実な証拠がいる」
「てか、なんであの時もっと徹底的に叩いとかなかったんすか――」
 ぼやくように言ってから、ロンは傍らの友香に視線を向ける。
「……大丈夫か?」
「平気よ。それより、固有名詞出さずに話すの面倒でしょ。もう大丈夫だから使っちゃって構わないよ」
 苦笑交じりにそう言って、友香はオレンジジュースの入ったグラスを口元に運んだ。柔らかな酸味に、気分がほんの少しだけ落ち着くのが分かる。

 樹海に接する3つの地域のうち、最も内陸に位置するヴァーレンは「継承者」の血統の中でも抜きん出て特権意識と闇への蔑視が激しいとされる地域である。
 その地域を総べるのが、ランディスという一族だ。当代の主サイラス・ランディスは、アレクが指揮官に就任した頃から、あからさまに「ランブル」を敵視し挑発的な言動を繰り返してきた。他人を手駒として扱うことに呵責を覚えぬ野心家で、不必要に重い租税を徴収するなど黒い噂の絶えない人物である。
「まあ、サイラスに関しては、例の件との関与を示す証拠が何一つなかったからな」
 アレクが溜息を吐く。

 サイラス・ランディスが明確に反発するようになったのは、六年半前に起きたある事件がきっかけだった。サイラスの弟で、当時は監察部長官を務めていたゴードンとサイラスの一人息子のギイが共謀し、あろうことか一人の幹部候補生を拉致・監禁した上、ありもしない罪の自白を引き出そうと拷問にかけたのだ。
 奇跡的に事件の発覚が早かったため、拉致された幹部候補生はなんとか一命を取り留めた。一方、ゴードンとギイはその場で現行犯逮捕され、監察長という立場を悪用したゴードンは終身刑、サイラスの息子ギイにも数年間の服役が課せられた。

 サイラスが「ランブル」に対してあからさまな敵意を示すようになったのはそれ以降だ。元々尊大な態度を隠さなかったのが、以前にも増して明確な嫌みを口にし、何かと言いがかりを付けるようになった。
「だが今回は話が別だ。もし噂が事実なら、絶対に逃がさない」
「――でも、ちょっと不思議なんですよね。ランディスって差別意識の塊みたいな一族じゃないですか。闇の者と通じるっていうのが今ひとつしっくりこないっていうか」
「おい、ハル」
 ロンが咎めるような声を上げるが、ハリーはそれを意にも介さず軽く口元を持ち上げる。
「友香ちゃんが大丈夫って言ったじゃん。ね?」
「うん、大丈夫。」
 かつての相棒の声に、友香は頷いた。
「でも……確かにそうね」
 『人身御供』を受け取るのは、嵯峨と協力体制を取る契約を交わしたのと同義だ。秘かに闇の者を飼い殺しにするくらいのことは平然とする一族だが、あれほどまで侮蔑している闇の者と共犯関係を築くようなことをするものだろうか。
「敵の敵は味方、ということだろう」
 何でもないことのようにアレクが言った。
「利害の一致ってやつだ。何しろ、俺はあの家に恨まれてるからな」
「それを言ったら、俺ら全員っしょ」
 深々とロンが溜息を吐く。

 この部屋に集った全員、六年半前に起きた事件の当事者だ。最初に拉致された幹部候補生は友香、彼女が秘かに助けを求めた暗号に気づいたのが、友香と同じ幹部候補生だったロンとハリー。さらに、その二人の通報を受けて前指揮官とともに直接監察部に乗り込んで彼らを捕縛したのがアレクだった。

 友香が先程「ヴァーレン」という地名に対して過剰な動揺を示したのも、彼らがここまで「ランディス」の家名を使わずに会話を進めていたのも、その事件の被害者である友香が心身共に酷い傷を負ったからに他ならない。事件の後、友香はフラッシュバックに苛まれ、一日に何度も恐慌状態に陥る日々を過ごした。今でも、事件の現場となった監察部に近寄るだけで具合が悪くなることを、この場の全員が知っている。

「そもそも逆恨みですけどね」
「向こうはそうは思ってない。だから、嵯峨を上手く使ってこちらを潰そうとでも思ってるんだろう」
「嵯峨の方も同じ事を思ってるでしょうから、勝手に潰し合ってくれればいいんですがね」
「おそらくそうはならねえだろ。むしろ相手が『闇』だからって軽んじた挙句に足下掬われそうだよな」
「それはそれで困ったことになるんだが……」
 そう言うと、アレクは傍らに座る友香の頭にぽんと手を載せた。
「まあ、そういうことだ。早ければ今日中にも情報部からの第一報が届くかもしれないが、それも含めて明日の長官会議の議題に載るからな」
 つまりは心構えをしておけということだ。確かに、事前に聞かされていなければ、明日の会議の場で過呼吸の発作を引き起こしたかもしれない。だが予め覚悟ができていれば、平気ではなくともやり過ごすことはできる。
「うん。ありがとう」
「無理はするなよ」
 頷いた友香の肩を軽くぽんと叩くと、アレクは立ち上がり解散を告げた。
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