第3章 尾行①
文字数 1,584文字
「ホンマに平和な学生生活やな」
帰路につく萩原睦月を尾行しながら、直人は溜息混じりに呟いた。
ターゲットは数メートル先を友人と二人連れだって歩いている。
それはどう見てもごく普通の大学生の帰宅風景で、闇の者の気配など周囲1㎞先まで探っても、片鱗すら感じられない。
「ホンマ、訳わからんわ」
ターゲットから視線を外さぬまま首を傾げ、直人は呟いた。
京平が睦月を見かけたというちょうどその時期、彼が入院していたらしいことは、調べるまでもなくすぐに明らかになった。
気になるのは、エドワードが漏らした情報もまた、同じ頃――ひと月前の噂に関するものだったことだ。
「あの噂って、結局噂のまま終わったんやったっけ?」
『闇の者に不穏な動きがある』というのが、件の噂の内容だった。
丁度ひと月ほど前に盛り上がっていた噂は、直人が記憶する限り、情報部を中心に広がっていたはずだ。
「そのはずだが」
内容が内容だけに、一時期、情報部だけでなく武官全体に、妙に緊張した空気が漂った。
公安部も例外ではない。
そのおかげで彼らもその噂のことはすぐに思い出すことができたわけだ。しかし、その後特に噂が裏付けられるような出来事もなく、結局忙しさに紛れて、皆いつの間にかうわさがあったこと自体を忘れてしまっていた。
「時期は確かに一致してんねんな」
「逆に、時期が一致しているだけとも言える」
確かに、ターゲットである萩原睦月が精界で京平に目撃された時期と、不穏な噂が流れた時期はちょうどひと月前頃で一致する。
だが京平が言うとおり、それだけだ。
ふたつの案件を結ぶつながりは依然、杳として知れず、逆に、同じ時期に複数の事件が重なることなど別に珍しくもない。
「……やっぱ別件なんかなー」
ぼりぼりと頭を掻きながら、直人は呟いた。
「情況はそうとしか思えないが……気になることは気になるな」
偶然だと結論付けるのが最も常識的な判断だろうとは思う。
しかし二人とも、その結論に引っかかりを感じていた。
理由はただひとつ。
「そもそも、うちで精神体を保護するなんてこと、ありえるか?」
入院中の数日間、萩原睦月は意識不明の状態だったという。
その状態にある人界人の精神体――魂――が精界に迷い込むのはまれにあることだ。
しかし、そうした「迷子」の管理は本来、死者の精神体を扱うミシレの仕事であり、「ランブル」が関与することなどありえない。
「……まあ万が一、何かの理由で保護したとしても、や」
肩を竦め、直人は呟いた。
「回復してまで、警護する理由がわからないな」
「そうやねん。……っと、やば」
不意にターゲットがこちらを振り返り、直人はさりげなさを装いながら素早く視線を逸らした。
一瞬ひやりとしたものの、素知らぬ振りをしながら歩き続けていると、彼は友人に呼ばれ、首を傾げながらも前に向き直る。
「……焦ったぁ……」
ほっと胸をなで下ろし、直人は小声で洩らした。
京平はラフなデザインのシャツにチノパン、直人は重ね着したTシャツにジーンズという学生風の服装をしているから、そうそうこちらの尾行に気付く筈がないとは思いながら、やはり焦らずにはいられない。
「バレた?」
「……いや」
「良かったぁ……」
声を低め、直人は言葉を続ける。
「さっきの話やけどな。精神体の保護なら、ミシレの仕事やろ。
それが友香さんやら果ては指揮官まで関わっとるなんてことある?」
「常識的には、あり得ない」
偶然で片づけるには、不審な点が多すぎると彼らが思うのは、そこだ。
だが、与えられたパズルのピースはバラバラで、完成図は想像すら付かない。
結局、そこで推論は振り出しに戻る。
上層部が口を開かない限り、これ以上疑問が解けそうにはないからだ。
「あー、せめて何か進展があれば……」
「――――ナオ」
「噂をすれば、やね」
頷いて、直人は周囲を見回した。
帰路につく萩原睦月を尾行しながら、直人は溜息混じりに呟いた。
ターゲットは数メートル先を友人と二人連れだって歩いている。
それはどう見てもごく普通の大学生の帰宅風景で、闇の者の気配など周囲1㎞先まで探っても、片鱗すら感じられない。
「ホンマ、訳わからんわ」
ターゲットから視線を外さぬまま首を傾げ、直人は呟いた。
京平が睦月を見かけたというちょうどその時期、彼が入院していたらしいことは、調べるまでもなくすぐに明らかになった。
気になるのは、エドワードが漏らした情報もまた、同じ頃――ひと月前の噂に関するものだったことだ。
「あの噂って、結局噂のまま終わったんやったっけ?」
『闇の者に不穏な動きがある』というのが、件の噂の内容だった。
丁度ひと月ほど前に盛り上がっていた噂は、直人が記憶する限り、情報部を中心に広がっていたはずだ。
「そのはずだが」
内容が内容だけに、一時期、情報部だけでなく武官全体に、妙に緊張した空気が漂った。
公安部も例外ではない。
そのおかげで彼らもその噂のことはすぐに思い出すことができたわけだ。しかし、その後特に噂が裏付けられるような出来事もなく、結局忙しさに紛れて、皆いつの間にかうわさがあったこと自体を忘れてしまっていた。
「時期は確かに一致してんねんな」
「逆に、時期が一致しているだけとも言える」
確かに、ターゲットである萩原睦月が精界で京平に目撃された時期と、不穏な噂が流れた時期はちょうどひと月前頃で一致する。
だが京平が言うとおり、それだけだ。
ふたつの案件を結ぶつながりは依然、杳として知れず、逆に、同じ時期に複数の事件が重なることなど別に珍しくもない。
「……やっぱ別件なんかなー」
ぼりぼりと頭を掻きながら、直人は呟いた。
「情況はそうとしか思えないが……気になることは気になるな」
偶然だと結論付けるのが最も常識的な判断だろうとは思う。
しかし二人とも、その結論に引っかかりを感じていた。
理由はただひとつ。
「そもそも、うちで精神体を保護するなんてこと、ありえるか?」
入院中の数日間、萩原睦月は意識不明の状態だったという。
その状態にある人界人の精神体――魂――が精界に迷い込むのはまれにあることだ。
しかし、そうした「迷子」の管理は本来、死者の精神体を扱うミシレの仕事であり、「ランブル」が関与することなどありえない。
「……まあ万が一、何かの理由で保護したとしても、や」
肩を竦め、直人は呟いた。
「回復してまで、警護する理由がわからないな」
「そうやねん。……っと、やば」
不意にターゲットがこちらを振り返り、直人はさりげなさを装いながら素早く視線を逸らした。
一瞬ひやりとしたものの、素知らぬ振りをしながら歩き続けていると、彼は友人に呼ばれ、首を傾げながらも前に向き直る。
「……焦ったぁ……」
ほっと胸をなで下ろし、直人は小声で洩らした。
京平はラフなデザインのシャツにチノパン、直人は重ね着したTシャツにジーンズという学生風の服装をしているから、そうそうこちらの尾行に気付く筈がないとは思いながら、やはり焦らずにはいられない。
「バレた?」
「……いや」
「良かったぁ……」
声を低め、直人は言葉を続ける。
「さっきの話やけどな。精神体の保護なら、ミシレの仕事やろ。
それが友香さんやら果ては指揮官まで関わっとるなんてことある?」
「常識的には、あり得ない」
偶然で片づけるには、不審な点が多すぎると彼らが思うのは、そこだ。
だが、与えられたパズルのピースはバラバラで、完成図は想像すら付かない。
結局、そこで推論は振り出しに戻る。
上層部が口を開かない限り、これ以上疑問が解けそうにはないからだ。
「あー、せめて何か進展があれば……」
「――――ナオ」
「噂をすれば、やね」
頷いて、直人は周囲を見回した。