第3章 尾行②

文字数 1,844文字

 どこからか、風に乗って微かに闇の気が漂ってくる。

 前方では、ターゲットが友人と角を曲がるところだ。
 その先には最寄り駅に続く大通りがある。
「俺は上から行くわ。そっち頼む」
「ああ」
 歩調を緩めながら低く呟くと、直人は京平と分かれて手前の小さな路地に足を踏み入れた。

 誰も見ていないことを確かめ、軽く地面を蹴って飛び上がる。
 トンと塀を蹴って近くの民家の屋根に登り、そのまま屋根づたいに大通りの方へと向かっていく。

 それを横目で見送りながら、一方の京平は、ターゲットとの距離を詰めた。
 角を折れ、大通りに出てしばらく行った辺りで、京平は気配の出所を発見した。

 大通りを挟んだ向かいにたたずむ少女がターゲットを見つめている。
 大きな麦わら帽子に、白のサマーニット。おさげにした長い白金の髪が揺れている。

 ――あれか。
 
 見た目は普通の少女だが、その気配は明らかに「闇の者」だ。見たところ、それほど能力も高くはなさそうで、あれなら自分たちの敵ではない。
 前方では睦月たちも視線に気付いたらしく、わずかに通りの向こうを気にする素振りを見せている。

 相棒は、と視線を上げると、直人はすでに大通りの向こう側にあるファミリーレストランの屋根にいた。京平の視線に気付いて、軽く手を振ってみせる。
 それに頷いてから目を戻すと、横断歩道の前でターゲットとその友人がそわそわと信号が変わるのを待っている。
 さりげなくその真後ろにつき、京平は二人の会話に耳をそばだてた。
「行くぞ――3、2」

 ――追う気か。

 案の定、道を渡りきると同時に、2人が走り出す。その不意の行動に「闇の者」の少女がぎょっとしたような表情を浮かべ、さっと踵を返して逃げ出した。京平も足早にそれを追う。
 前方で少女は路地に駆け込み、それを追って、前の二人も次々に角を折れる。直人が上から追っているのを確かめつつ、京平は路地を通り過ぎる。
 通りざまに見た路地に、「闇の者」の姿は確認できなかった。

 ――逃げたか。

 確認するように上空を見ると、ビルの非常階段の上で、直人が腕で大きな×印を作っていた。

 一方、追う相手を見失った萩原睦月とその友人は、困惑も露わな表情を浮かべながら路地を戻り、駅への道を辿り始める。
 それを再び追いながら、京平は携帯電話を取り出した。
「――大徳寺です」
 数回のコールの後、すぐに応答した上官は、彼の声に「何かあった?」と声を潜めた。
「『闇の者』がターゲットに接触しました」
 電話の向こうで中山友香が息を呑むのが聞こえる。
 『――それで?』
 上官からの問いに答えかけた所で、相棒が手前の角から姿を現すのを視認し、京平は言葉を切った。
「待って下さい、直人が戻ってきました」
「ただいま」
 と、横に並んで歩き出した直人に、京平は無言で携帯電話を渡す。
「――もしもし、友香さん?」
 『直人? それで、状況は?』
「すいません『闇』は見失いました。ターゲットは無事です」
 『――そう、よかった。それで相手は?』
「かなり弱そうな女の子でしたけど」
 直人の答えに、電話の向こうで友香が声を潜めた。
 『女の子? …………もしかして、十五歳くらいでプラチナブロンドの小柄な子?』
 一瞬の躊躇のあと、上官が口にした特徴は先程の少女のそれとぴたりと一致した。
 瞬時に、彼女はあの少女を知っている、と直感する。
「……友香さん? 何で知ってはるの?」
 不審げに問い返された友香は、ほんの一瞬言葉に詰まる。
 『――……とにかくターゲットは無事なのね?』
「無事ですけど。――なあ、友香さん?」
 『……もうしばらく彼を見てて。私も一段落したら一度様子を見に行くわ』
「それは勿論いいですけどぉ、何か俺らに話すことは?」
 ここぞとばかりに畳みかけてくる部下の言葉に、電話の向こうで友香が溜息を吐くのが聞こえる。
 『ないわよ』
 返した声には少しのぶれもない辺り、さすがというべきか。
「ほんまに?」
 『本当に』
 と、真剣な声で友香は即答した。
 『事情も話さないで悪いとは思ってるわ。でもあなた達が不審に思うようなことは何もないから』
「……仕方ないなー。それじゃ今日の所は、そういうことにしといたげます」
 心底申し訳なさそうに言いながらも、念を押すことは忘れない上官の声に、苦笑混じりに追及の手を引き、直人は通話を終えた。
「――逃げたのか?」
「ああ。ビルの間の陰に逃げ込まれた」
 駅の改札を抜け、ホームに滑り込んできた快速電車に乗り込みながら、直人は肩を竦めた。
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