11.報告

文字数 2,231文字

「まあ――そんなわけで、今使われている『闇の胤』は人工的に作りだしたものだろうとのことです。はじめの数回こそ、バルドの指摘通り、あちらの『命の灯』を削ったようですが、それ以降は人工的に製造可能になったのだろうと」
「……あまり聞きたくないが、どうやって作るんだい」
 既に眉間に皺を寄せた副官アレン・ランブルが訊ねる。

 一夜明け、マスターから話を聞きだしたレオは、精界に帰還していた。
 ちなみに医療長はまだユイに付き添っており、開発長は資料から一瞬たりとも顔を上げずに貪り読んでいる。声を掛けても生返事しかしないので、最後には諦めたレオが残りの資料と共に担いで帰ってきた――かと思えば、その後は研究室にこもってしまった。
 そんなわけでレイを連れて帰るのに手間取ったせいで、着いた頃には定例会議は終わってしまっていた。取り急ぎ、集まれるメンバーだけを招集して報告をすることになったところだ。
「これに関しては、古文書の記述を元にした彼の推測になりますが――、まずはあちら(闇)の『命の灯』から削り取った『胤』を誰かに埋め込みます。しばらくすると例の(リ)少女(ン)の様に体内で闇が作られ、それが本体の人間を取り込むんだそうです。後は、精製された闇を呪で圧縮すれば完成だとか」
 理論的には、人一人から少なくとも数十個は『胤』が作れる筈だと、昨夜マスターは言っていた。
「…………気分悪ぃな、おい」
 影の声に、「まだ続きますよ」とレオは溜息を吐く。
「彼が言うには、おそらく今は、『胤』を麻薬か何か、常習性のあるものと混ぜて人界で捌いているんじゃないかと。うまく薬と混ぜて飲ませることが出来れば、相手は勝手に常用してくれますからね」
「……そうすると、どうなる」
 訊ねるアレクの声は、いつにも増して厳しい。
「同じです。ただどうやら人界人の場合は、まず先に闇が本体の人間から分離して独力で動き出すようですね」
「それが例の『ゴーレム』か……」
「ええ。そして彼が言うには、もし本当に人界で『闇の胤』がばらまかれているとしたら――」
 レオは言葉を止めた。もったいぶるわけではないが、この先の言葉は慎重に口にしたい。それがこの場に集う同僚達にとって、アキレス腱だと知っているからだ。
 言葉にせずとも、彼の纏う緊張感はその先に続く言葉を予期させた。ソファの隅に腰を下ろした友香が、己の覚悟を確かめるように、静かに目を伏せる。
「――その中心には『紫月』がいるだろう、と」
「…………出たね」
「ええ。彼自身は遠目に見たことがある程度のようでしたがね。さらに、例の件に巻き込まれた人界の少年達からは、あの付近の繁華街に『シズキ』と名乗る男が出没するという情報も入っています。外見も例の侵入者と一致しますので、おそらく間違いないでしょう」
 その言葉に、アレクをはじめとする一同が溜息混じりに視線を交わす。
「既に、各所にうちの駐在員を数名ずつ派遣しています。ですが――」
「駐在員だけでは心許ないか?」
 レオの言わんとするところを拾い、アレクは訊ねた。
 人界に駐在する情報部員たちは、その名の通り、生活に溶け込んでの諜報活動を得意としている。無論、武官として訓練も十分に積んではいるが、いざという時には日頃から戦闘慣れしている公安部の方が安心できるのは確かだ。
「うちは協力できるわよ」
 友香が口を挟む。紫月の名が出てきたせいで僅かに表情は硬いものの、努めて平静なその声音に、彼女も腹を決めつつあることがわかる。
「ああ、頼む。後で打ち合わせをしよう」
 頷いたレオに、それで、とアレクは問いかけた。
「その人物はどうなんだ」
「私が見たところでは信用できると思いますね」
 先日と昨夜の二回会っただけだが、あのバーのマスターは悪い人間ではないと思う。
 店の前に集まっていたという「悪ガキ」達の話といい、レイに対する対応といい、どちらかといえばお人好しがすぎて要らないものまで背負い込むタイプだろう。少なくとも、平然と人をだませるようなタイプではない。
「こちらに引き入れられそうか?」
「どうでしょうね……、人界の暮らしにもなじんでいるようですし」
 正直なところ、マスターが持つ情報は喉から手が出るほど欲しい代物だ。何しろ、嵯峨とその周辺についての情報は今のところ酷く断片的だから、実態を知るものから話を聞くことができるなら、それに越したことはない。
 とはいえ、こちら側に引き入れたいというのはあくまで自分たちの要望であって、マスターがどうするかは彼自身の選択を待つほかない。
「古術については、レイが既に夢中になっていますから、そのうち判明するでしょうが」
「まあ、焦らなくてもいいさ。情報源なら他にもいる」
 ちょうど、監察で保護している少女(リン)が少しずつ話し始めていると報告があったところだ。どちらからもゆっくりと話を聞いていけばいい――問題は、それまで敵が待っていてくれるかどうかだが。
「とにかく、彼の存在が気取られないように気をつけた方がいいな」
 何しろ、漏れ聞こえる話だけでも刃向かう者には容赦ないという嵯峨のことだ。見つかれば、マスターもただではすむまい。
「ええ。そちらについても早急に」
 店の方は、昨晩レイが万が一に備えて仕掛けたトラップが生きているから大丈夫だろう。あとは自宅の方だが、それについては本人にも話をする必要があるだろう。
 今夜、人界に行く余裕はあるだろうか。レオは脳裏でスケジュールを調整し始めた。
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