第14章 襲撃③ ※

文字数 2,460文字

※引き続き。

 刹那、ゴオッという音ともに、炎が二人の間を過ぎった。

「!」
 ちっと小さく舌打ちをして、紫月が振り返る。
「てめえ……なめんなよ」
 ぎり、と奥歯を噛みしめて痛みをやり過ごし、ロンがゆらりと立ち上がった。
「ほう。まだ立てるか」
 リンの腕を掴んだまま、紫月は色眼鏡の奥の目を細めた。
「そいつを置いて今すぐに去れ。さもなくば――」

 息をするにも話すにも全身に激痛が走る。おそらく、肋骨を何本かやられているはずだ。
 だが、ここで引くわけにはいかない。
 ロンは、痛みの中心に精神力を集中させて、一時的に痛覚を麻痺させた。医療部が使う麻酔術の応急処置版だ。武官なら誰でも、一番最初に覚えさせられる。
 すっと痛みがひいていくのを感じながら、彼は気配を探った。

「どうすると?」
 彼の怪我の度合いを測っているのだろうか。余裕すら感じさせる嫌味な微笑を浮かべ、紫月が反問した。

 それと同時に。

「――――ハル!」
 何の予備動作もなく、全く唐突に、ロンは背後の壁に向けて拳を放った。
 一度亀裂の入った石の壁は、彼の打撃の前にあっけなく崩れ落ちる。

「――――!?」
 土煙の中から、何かが飛んでくる。
 紫月は咄嗟に結界を張った。

 キィン、と高い音とともに火花が散った。

「――おっせえよ」
「ごめん、手間取った。動ける?」
「ったりめぇだっつの」
 隣に並んだハリーを睨み付け、ロンは声を落とした。
「長官は」
「他の区域を確かめてる。帰宅前で助かったよ」
 もしも長官が不在の時であれば、こうして相棒の手助けに来ることもできなかっただろう。溜息を吐きながら、ハリーは徐々に収まっていく土煙を見据えた。
「……女の子を泣かせるなんて、男としてあるまじき所行だね」
 紫月に腕を捕まれたまま、身を縮こまらせて泣いているリンの姿をその目に捉え、のんびりとした彼の声に憤りが交じる。
 同時に、円盤状の光が彼の周囲に浮かび上がった。
「…………」
 その力量と円盤の正体を探ろうとするかのように、紫月は油断なく新手の姿を眺める。
「さて、と。行くよ」
 ハリーが静かにそう告げると、彼の周囲に浮かんでいた円盤が回転しながら紫月に迫りはじめた。
 同時に、それを迎え撃つように、紫月が数弾の闇光を放つ。
「――――!」
 キインッという甲高い音とともに、円盤を撃ち落とすはずだった闇光は弾かれ、紫月は舌打ちをしながら周囲に結界を張り巡らせた。
 僅かな差で、紫月に届かなかった円盤が、火花を散らしながら弾かれる。
「――なるほど、結界を攻撃用に展開しているのか」
 結界の周囲を囲むようにして制止した円盤をじっくりと観察しながら、感心したように彼は目を細めた。
「今の監察には面白い人材が揃っているようだな」
 述懐する紫月に、中空を舞っていた円盤形の光が一斉に襲いかかる。彼の結界に触れるや、それらは回転しながら結界を切り裂き始めた。
「……これは、少々厄介だな」
 キンキンと火花を散らしながら回転するハリーの攻撃に、結界の内側で紫月は思案顔を浮かべている。

「――炎よ」
 紫月に聞こえないよう、小さく、ロンは呪を結ぶ。
 紫月の結界の周囲に散っていた火花が、瞬時に火炎へと成長した。ハリーの攻撃で切れ目の入った結界の隙間を抜け、炎が紫月を襲う。

「――――っ」
 虚をつかれ、紫月は飛び退いた。
 結界を解除した瞬間を逃さず、ハリーの円盤とロンの炎が彼を追う。
「……くっ!」
 着地点に飛び込んできたロンの蹴りを咄嗟にかわすと、そこには円盤が待っていた。
 瞬時に結界を張ったものの、避けきれなかったいくつかが、紫月の身体に傷を付けた。息を吐く間もなく、ロンの炎と拳が彼を挟み撃ちにする。
「ち…………っ」
 眉を寄せた瞬間、ひときわ大きな円盤がリンを掴んだ左腕を掠めた。
 二の腕が裂け、鮮血の赤が壁に散る。
「――ロン!」
「分かってる!」
 すかさず、ロンは同じ傷口を狙って蹴りを放った。
 それを避けようと敵が上体を捻った瞬間、僅かに少女を拘束する力の弱まったのを見逃さず、ロンはリンを引き寄せ、そのまま相棒の方へと押し出す。
「……っと」
 小さな身体を受け止めると同時に、ハリーは自分たちとロンの周囲に最大限強力な結界を張り巡らせた。

「――――――」

 はあはあと、荒い息づかいは誰のものか。

「……さすがに、副官クラスを一度に相手するのは分が悪いか」
 ややあって、紫月がそう言った。
「今日の所は退くとしよう。だが次は必ず――」
「させねえよ」
 敵に皆まで言わせず、ロンが言った。
 廊下の向こうから、大勢の足音が迫ってくるのが聞こえる。
「……」
 じりじりと、一触即発の緊張感が空気を焦がす。
「ハル」
「――了解」
 静かな応酬と同時に、紫月の周囲に再び円盤が浮かび上がった。
 今度のそれは、先程の数倍に及ぶ大きさだった。上下左右に不規則に揺れながら、それらの円盤が紫月を囲み、追いつめる。
「――俺を捕らえる気か、若造」
「いっとくが、ハルの結界はちょっとやそっとじゃ破れねえぞ」
 ロンの言葉と同時に、円盤が回転速度を上げて紫月に迫り出す。
「こんなものが足止めになるとでも?」
 円盤と円盤の間に、ほんの僅かに開いた隙間を抜けようと、紫月は床を蹴った。
「…………っ!?」
 しかし、確かに地を蹴ったはずの足は動かず、彼は愕然と足元に視線を落とす。
 そこにはいつの間にか、うっすらと紅く光る円陣が出現していた。
「ハルの方に気を取られすぎたな」
 にやりと口元を歪めてロンが嗤う。
「――――」
 紫月が無言で二人を睨め付ける。
 援軍の足音は、もはやすぐそこにまで迫っていた。
「観念するんだな」
「あなたは色々知ってそうだ。洗いざらい話してもらうから覚悟しなよ」
 口々にそう言って、二人が最後の仕上げに移ろうとしたその時。
「……残念だが、時間切れだ」
「――何!?」
 言葉と同時に、男の周囲の空気が、陽炎のように揺らめいた。
「まさか……」
「空間移動術!? 馬鹿な!」
 戸惑う二人の副官の眼前で、紫月の身体は空気に融けるように揺らいで消えた。
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