第14章 襲撃② ※
文字数 2,140文字
※緩いですが戦闘シーンがあります。
「し、づ……き」
冷たいその声は、疑いようもない。
がたがたと震える身体を縮こまらせるリンの様子を肩越しにちらりと眺め、ロンは眉を寄せた。
「あんたが、首謀者か」
「さあね。君には関係ない」
言って、紫月は室内に足を踏み入れた。
「…………っ!」
全身から発される圧迫感に、ロンの表情が硬くなった。
こいつはやばいと、過去の実戦経験が警鐘を鳴らす。
純粋な力量だけなら、おそらく負けることはないだろう。だが目の前の男は、人として大切な何かが決定的に欠けている。そんな気がする。目的のためなら手段を選ばない――どれだけ犠牲者が出ようと気にかけない、そんな気配が漂っている。
それに対してこちらは、監察の副官におさまって以来、実戦からは遠のいている身だ。例えかつては公安部長官の最終候補生として実戦を積み重ねていたとしても、現在でも頻繁に戦闘演習を重ねているとしても、長らく実戦の場から外れていれば勘も揺らぐ。
「その娘を渡してもらおうか。素直に渡せば、危害は加えない」
ロンの緊張に気づいているのだろう。落ち着いた声音で男は言う。
「――貴重な参考人だ。やすやすと渡せるかよ」
背中には冷たい汗が伝っていたが、平然を装い、ロンはにやりと笑った。
――気をつけて
つい数十分前に聞いた電話越しの声が、耳元で蘇る。
何とか援軍が到着するまでの時間を稼がなければ、二度とあの声を聞くことはできないかもしれない。そんな思いが、彼を却って冷静にさせた。
「それに、当のお姫さんが嫌がってるみたいだぜ?」
「――それこそ、関係ないな」
クッと冷たく笑い、紫月が右手を挙げた。廊下に続く扉に結界が張られる。
「これで、援軍は期待できない」
「てめえ……」
腰を落とし、ロンは両手に力を込めた。
「――無駄だ」
紫月の右手にえもしれぬ光が宿る。限りなく昏い――闇とも光とも知れぬそれを、男は投げやりにも見える動作で放った。
「ちっ」
小さく息を吐き、ロンは両腕を振る。紫月の発した光を払い落とすと同時に床を蹴って、ロンは敵の懐に飛び込んだ。
「――!」
一撃目を間一髪でかわした紫月に、飛び退く隙さえ与えず、蹴りを放つ。僅かに敵の上体が揺らいだのを見逃さず、ロンは拳を打ち込んだ。
「……く…………っ」
かつて幹部候補生随一の破壊力と称されたその威力に、ガタッと家具をなぎ倒しながら紫月が飛んだ。
「――炎よ!」
略式化した呪を紡ぐと同時に、今度は炎が紫月に襲いかかる。体勢を立て直し切れぬまま、咄嗟に背後に飛ぶ紫月を、炎を操ることで部屋の隅へと追いつめながら、ロンは自らも相手の懐に拳を叩き込む。
「……!?」
壁際に追いつめたかと思った瞬間。
ロンはピタリと足を止め、後ろに飛びすさった。
ほんの一瞬前まで彼のいた場所を、昏い光が切り裂いていく。
「……っぶねえ」
「――監察の者の割に、動けるようだな」
右手に闇色の光を纏わせたまま、紫月はロンを睨め付けた。
「そりゃどうも」
身体を斜に構え、ロンは口元だけで笑う。
「では、もう少し本気で相手するとしようか」
紫月の色眼鏡の奥で、目がきらりと光った。
グン、と彼の手を覆っていた闇色の光が膨れ上がる。
次の瞬間。
数倍に膨れ上がったそれが、ブン、と音を立てて放たれた。
「――デカイもんを打てばいいってもんじゃねえぞ」
大きさの割には勢いのない紫月の攻撃に、にやりと笑ってロンは敵の力をかわそうと床を蹴る。
「――君ではない」
「…………!?」
くい、と紫月の手が動く。それに合わせて闇光はぐぐっと方向を変えた。
その先には、震える少女の姿。彼女を覆う結界は強力なものにしてあるものの、その特大の攻撃をやり過ごせるかは五分五分だろう。
「ってめえ!」
叫んで、ロンは床を蹴った。
片腕を伸ばし、リンの周囲の結界を強化する。その身体に、横合いから紫月の操る闇光が迫る。
「くそっ」
舌打ちをしながら、ロンは咄嗟に身体を捻り、防御の姿勢をとり、両腕に力を込めた。
そして。
「ぐ…………ぁぁっ!」
強烈な音とともに、ロンの身体が壁に激突した。
頑丈な石造りの壁に、放射線状に亀裂が走る。
「……げは……っ」
膝をつき、胸を押さえてロンは荒い息を吐いた。
彼が苦悶の呻きを洩らすその間に、紫月は悠然とした足取りでリンの元へと歩み寄っていた。
「やあ、リン。何日ぶりかな?」
いつものようにうっすらと微笑を浮かべた冷ややかな声に、リンは結界の内部でじりじりと後ずさる。
「いやだ……来るな」
「これは酷く嫌われたものだね。どうしてだろう?」
震える少女を気にもかけず、紫月は彼女の元に辿り着くと、右手を翳した。酸が金属を浸食するように、じわじわと結界に穴が開いていく。
「さあ、帰ろう」
「…………っ」
冷たい手に腕を掴まれ、リンは身体を強張らせた。恐怖のせいで悲鳴すら出せぬまま、目から涙がこぼれ落ちる。
「余計な抵抗はしない方が身のためだよ」
あの夜と同じく口調だけは優しく言いながら、紫月が空いた片手をリンの額に翳す。その手には、あの昏い光が宿っていた。
ぶるぶると震えながらも、逃れる術を持たない彼女の額に、指先が触れる。
「いやだ……助けてっ」
掠れた声で少女が叫んだ。
「し、づ……き」
冷たいその声は、疑いようもない。
がたがたと震える身体を縮こまらせるリンの様子を肩越しにちらりと眺め、ロンは眉を寄せた。
「あんたが、首謀者か」
「さあね。君には関係ない」
言って、紫月は室内に足を踏み入れた。
「…………っ!」
全身から発される圧迫感に、ロンの表情が硬くなった。
こいつはやばいと、過去の実戦経験が警鐘を鳴らす。
純粋な力量だけなら、おそらく負けることはないだろう。だが目の前の男は、人として大切な何かが決定的に欠けている。そんな気がする。目的のためなら手段を選ばない――どれだけ犠牲者が出ようと気にかけない、そんな気配が漂っている。
それに対してこちらは、監察の副官におさまって以来、実戦からは遠のいている身だ。例えかつては公安部長官の最終候補生として実戦を積み重ねていたとしても、現在でも頻繁に戦闘演習を重ねているとしても、長らく実戦の場から外れていれば勘も揺らぐ。
「その娘を渡してもらおうか。素直に渡せば、危害は加えない」
ロンの緊張に気づいているのだろう。落ち着いた声音で男は言う。
「――貴重な参考人だ。やすやすと渡せるかよ」
背中には冷たい汗が伝っていたが、平然を装い、ロンはにやりと笑った。
――気をつけて
つい数十分前に聞いた電話越しの声が、耳元で蘇る。
何とか援軍が到着するまでの時間を稼がなければ、二度とあの声を聞くことはできないかもしれない。そんな思いが、彼を却って冷静にさせた。
「それに、当のお姫さんが嫌がってるみたいだぜ?」
「――それこそ、関係ないな」
クッと冷たく笑い、紫月が右手を挙げた。廊下に続く扉に結界が張られる。
「これで、援軍は期待できない」
「てめえ……」
腰を落とし、ロンは両手に力を込めた。
「――無駄だ」
紫月の右手にえもしれぬ光が宿る。限りなく昏い――闇とも光とも知れぬそれを、男は投げやりにも見える動作で放った。
「ちっ」
小さく息を吐き、ロンは両腕を振る。紫月の発した光を払い落とすと同時に床を蹴って、ロンは敵の懐に飛び込んだ。
「――!」
一撃目を間一髪でかわした紫月に、飛び退く隙さえ与えず、蹴りを放つ。僅かに敵の上体が揺らいだのを見逃さず、ロンは拳を打ち込んだ。
「……く…………っ」
かつて幹部候補生随一の破壊力と称されたその威力に、ガタッと家具をなぎ倒しながら紫月が飛んだ。
「――炎よ!」
略式化した呪を紡ぐと同時に、今度は炎が紫月に襲いかかる。体勢を立て直し切れぬまま、咄嗟に背後に飛ぶ紫月を、炎を操ることで部屋の隅へと追いつめながら、ロンは自らも相手の懐に拳を叩き込む。
「……!?」
壁際に追いつめたかと思った瞬間。
ロンはピタリと足を止め、後ろに飛びすさった。
ほんの一瞬前まで彼のいた場所を、昏い光が切り裂いていく。
「……っぶねえ」
「――監察の者の割に、動けるようだな」
右手に闇色の光を纏わせたまま、紫月はロンを睨め付けた。
「そりゃどうも」
身体を斜に構え、ロンは口元だけで笑う。
「では、もう少し本気で相手するとしようか」
紫月の色眼鏡の奥で、目がきらりと光った。
グン、と彼の手を覆っていた闇色の光が膨れ上がる。
次の瞬間。
数倍に膨れ上がったそれが、ブン、と音を立てて放たれた。
「――デカイもんを打てばいいってもんじゃねえぞ」
大きさの割には勢いのない紫月の攻撃に、にやりと笑ってロンは敵の力をかわそうと床を蹴る。
「――君ではない」
「…………!?」
くい、と紫月の手が動く。それに合わせて闇光はぐぐっと方向を変えた。
その先には、震える少女の姿。彼女を覆う結界は強力なものにしてあるものの、その特大の攻撃をやり過ごせるかは五分五分だろう。
「ってめえ!」
叫んで、ロンは床を蹴った。
片腕を伸ばし、リンの周囲の結界を強化する。その身体に、横合いから紫月の操る闇光が迫る。
「くそっ」
舌打ちをしながら、ロンは咄嗟に身体を捻り、防御の姿勢をとり、両腕に力を込めた。
そして。
「ぐ…………ぁぁっ!」
強烈な音とともに、ロンの身体が壁に激突した。
頑丈な石造りの壁に、放射線状に亀裂が走る。
「……げは……っ」
膝をつき、胸を押さえてロンは荒い息を吐いた。
彼が苦悶の呻きを洩らすその間に、紫月は悠然とした足取りでリンの元へと歩み寄っていた。
「やあ、リン。何日ぶりかな?」
いつものようにうっすらと微笑を浮かべた冷ややかな声に、リンは結界の内部でじりじりと後ずさる。
「いやだ……来るな」
「これは酷く嫌われたものだね。どうしてだろう?」
震える少女を気にもかけず、紫月は彼女の元に辿り着くと、右手を翳した。酸が金属を浸食するように、じわじわと結界に穴が開いていく。
「さあ、帰ろう」
「…………っ」
冷たい手に腕を掴まれ、リンは身体を強張らせた。恐怖のせいで悲鳴すら出せぬまま、目から涙がこぼれ落ちる。
「余計な抵抗はしない方が身のためだよ」
あの夜と同じく口調だけは優しく言いながら、紫月が空いた片手をリンの額に翳す。その手には、あの昏い光が宿っていた。
ぶるぶると震えながらも、逃れる術を持たない彼女の額に、指先が触れる。
「いやだ……助けてっ」
掠れた声で少女が叫んだ。