第2章 消えた少女①
文字数 1,424文字
「じゃあ例の見舞客、まだ誰だか判んねーの?」
ズズッと音を立てて狐うどんの汁を啜りながら言った成瀬淳に、睦月は「そうなんだよね」と、カツ丼の最後のひと口を飲み込んだ。
昼時を過ぎて午後の講義が始まっているとはいえ、食堂は学生達で賑わっている。
「やっぱ元カノとかじゃねえの?」
そう言ったのは、岬孝允だ。
「違うって。大体、連絡取ってないのに何で僕が入院したの知ってるわけ? 逆に怖いよ」
「んー、じゃ、ストーカーだな」
「……殴るよ?」
「冗談だって」
じとりとにらみつけた睦月に、岬が笑う。
睦月が大学からの帰宅途中に倒れ病院に運ばれたのは、ひと月ほど前のことだった。
外傷はなく脳にも異常はなかったのだが、丸二日意識が戻らなかったらしい。
そんなわけで、意識が戻った後も何だかんだと検査を受けさせられ、結局一週間も入院する羽目に陥った。
今睦月達の話題に上っているのは、その時に病室を訪れたという見舞客のことだった。
彼らがやってきた時、睦月は検査を受けている最中で会うことはできなかったが、直接二人に会った彼の母によれば、睦月と同じくらいの年頃の、髪の長い小柄な若い娘だったという。
息子の友人だと判断した母は名前すら訊ねなかったのだが、しかし当の睦月には、全く心当たりがない。
結果――、睦月は大学に復帰してからの三週間ほど、学部やサークルの友人を始め、手当たり次第に見舞いに来たかどうかを訊いて回る羽目に陥った。
気にしなければいいだけの話なのだが、気になることを放置しておくのも気持ちが悪い。
「ほんとに心当たりないのかよ?」
岬の言葉に、うーん、と睦月は唸る。
「何か忘れてる気もするんだけど……」
実を言うと、昏睡から目を覚まして以来ずっと、何かを忘れているような感覚が付きまとっている。
それは、謎の見舞客のことを考えるとき、ますます強く感じられる様な気がする。
だが――それが何なのか、睦月は未だに思い出せずにいた。
「あー、じゃあ、あれだ。遠い親戚」
「親も知らない親戚が見舞いに来るのかよ」
「あのねえ」
盛り上がり始めた友人達に、睦月は箸を突きつけ睨む。
「人をネタにして遊ばないでくれる?」
ぷっと膨れる睦月に、悪い悪い、と友人達は笑った。
「あ、そういや、話変わるけどさ。萩原、今日サークルの飲み会あんだけど出る?」
成瀬の言葉に、睦月は首を傾げた。
入学したての頃に基礎演習で一緒になった彼から頼まれて、成瀬が所属するサークルに形だけ入部した。
ちょくちょく部室に顔を出したり飲みに行ったりはするが、実のところ、二年次も終わろうかという今になっても、何をするサークルなのか、よく知らないままだったりする。
「今日はやめとく。金曜、安藤先生の国際法の小レポート提出しなきゃだしさ」
睦月の言葉に、そっか、と頷き、成瀬は隣の岬孝允に視線を移す。
「岬はどうだ?」
入部してはいないが時折飲み会には顔を出している岬も、いや、と手を挙げた。
「残念ながら。今日はこれから葵と待ち合わせ」
「お? 珍しい。うまくいってんだ?」
「失礼な。いつもうまくいってるっつーの」
カレーの最後の一口を掻き込んで、岬は立ち上がった。
「じゃな、お先」
「おう、頑張れよ」
「あ、待って。僕も帰る」
成瀬の声にひらひらと手を振って去ろうとする岬に声を掛け、睦月も席を立つ。
「じゃあ成瀬、先輩達によろしく言っといて」
「おー、車に轢かれんなよ」
「縁起でもないこと言わないでよね」
成瀬の軽口に文句を返し、睦月は食堂を後にした。
ズズッと音を立てて狐うどんの汁を啜りながら言った成瀬淳に、睦月は「そうなんだよね」と、カツ丼の最後のひと口を飲み込んだ。
昼時を過ぎて午後の講義が始まっているとはいえ、食堂は学生達で賑わっている。
「やっぱ元カノとかじゃねえの?」
そう言ったのは、岬孝允だ。
「違うって。大体、連絡取ってないのに何で僕が入院したの知ってるわけ? 逆に怖いよ」
「んー、じゃ、ストーカーだな」
「……殴るよ?」
「冗談だって」
じとりとにらみつけた睦月に、岬が笑う。
睦月が大学からの帰宅途中に倒れ病院に運ばれたのは、ひと月ほど前のことだった。
外傷はなく脳にも異常はなかったのだが、丸二日意識が戻らなかったらしい。
そんなわけで、意識が戻った後も何だかんだと検査を受けさせられ、結局一週間も入院する羽目に陥った。
今睦月達の話題に上っているのは、その時に病室を訪れたという見舞客のことだった。
彼らがやってきた時、睦月は検査を受けている最中で会うことはできなかったが、直接二人に会った彼の母によれば、睦月と同じくらいの年頃の、髪の長い小柄な若い娘だったという。
息子の友人だと判断した母は名前すら訊ねなかったのだが、しかし当の睦月には、全く心当たりがない。
結果――、睦月は大学に復帰してからの三週間ほど、学部やサークルの友人を始め、手当たり次第に見舞いに来たかどうかを訊いて回る羽目に陥った。
気にしなければいいだけの話なのだが、気になることを放置しておくのも気持ちが悪い。
「ほんとに心当たりないのかよ?」
岬の言葉に、うーん、と睦月は唸る。
「何か忘れてる気もするんだけど……」
実を言うと、昏睡から目を覚まして以来ずっと、何かを忘れているような感覚が付きまとっている。
それは、謎の見舞客のことを考えるとき、ますます強く感じられる様な気がする。
だが――それが何なのか、睦月は未だに思い出せずにいた。
「あー、じゃあ、あれだ。遠い親戚」
「親も知らない親戚が見舞いに来るのかよ」
「あのねえ」
盛り上がり始めた友人達に、睦月は箸を突きつけ睨む。
「人をネタにして遊ばないでくれる?」
ぷっと膨れる睦月に、悪い悪い、と友人達は笑った。
「あ、そういや、話変わるけどさ。萩原、今日サークルの飲み会あんだけど出る?」
成瀬の言葉に、睦月は首を傾げた。
入学したての頃に基礎演習で一緒になった彼から頼まれて、成瀬が所属するサークルに形だけ入部した。
ちょくちょく部室に顔を出したり飲みに行ったりはするが、実のところ、二年次も終わろうかという今になっても、何をするサークルなのか、よく知らないままだったりする。
「今日はやめとく。金曜、安藤先生の国際法の小レポート提出しなきゃだしさ」
睦月の言葉に、そっか、と頷き、成瀬は隣の岬孝允に視線を移す。
「岬はどうだ?」
入部してはいないが時折飲み会には顔を出している岬も、いや、と手を挙げた。
「残念ながら。今日はこれから葵と待ち合わせ」
「お? 珍しい。うまくいってんだ?」
「失礼な。いつもうまくいってるっつーの」
カレーの最後の一口を掻き込んで、岬は立ち上がった。
「じゃな、お先」
「おう、頑張れよ」
「あ、待って。僕も帰る」
成瀬の声にひらひらと手を振って去ろうとする岬に声を掛け、睦月も席を立つ。
「じゃあ成瀬、先輩達によろしく言っといて」
「おー、車に轢かれんなよ」
「縁起でもないこと言わないでよね」
成瀬の軽口に文句を返し、睦月は食堂を後にした。