14.対峙①
文字数 2,284文字
睦月はライブハウスから転 ぶように飛び出した。
薄暗い屋内から一転した繁華街の明るさに、一瞬目がくらむ。
ライブハウスから逃げ出した人々は、足を止めることなく、まるで本能に導かれるかのように明るい方へと足早に去って行く。それどころか雑居ビルの上階からも、次々と人が降りてきては群れをなして去って行く。
この光景は――はじめてゴーレムに遭遇したあの日と同じだ。
まるで疾走するヌーの群れのように一方向に進んでいく人の群れを見やり、睦月は大きく息を吸った。少し冷たい外の空気が、頭をすっきりとさせてくれる。
睦月は振り返ると、ライブハウスの入り口から奥を覗いた。さっきまで入り口の手前で避難する人たちを誘導していたから、睦月より後に出てくる者は今のところいない。岬と成瀬――大学の友人達とはいつの間にかはぐれてしまったが、彼らは自分よりも先に動いていたはずだ。おそらく大丈夫だろう。
むしろ心配なのは――京平と直人だ。2人は逃げ遅れた人がいないかを確認すると言って、中に残っているが、無事だろうか。
階段の上から顔を覗かせ、奥を見る。手前の方にはまだ灯りが点っているものの、階段を降りた先、廊下の奥は薄暗く静まりかえっている。
様子を見に行った方がいいだろうか。
だが、彼らは睦月の護衛としてここに来て、その役割を果たすために自分を逃がしたのだ。もしここで睦月が戻ってしまえば、却って動きにくくなるかもしれない。それよりは、どこかにいるという友香を探した方がいいだろう。あちらも、既にこの異変に気づいているはずだ。
けれど――頭の奥、本能に近い部分が訴えかける。睦月の力がなければ、あのゴーレムには勝てないと。
「………………」
意を決し、睦月は奥に戻ろうと一歩を踏み出しかけ――――その動きが、そこで止まった。
ゆっくりと目の前に持ち上げた手が、目視できるほどに震えている。踏み出しかけたその足も、ガクガクとして力が入らない。
――怖い
脳裏に、先ほどの光景が蘇る。
直人に腕を引かれて逃げようとしたあの一瞬、睦月は見てしまったのだ。
――――ゾゾゾゾゾゾゾゾゾ……
世にもおぞましい音を立てて動いたゴーレムが、足下にいたバンドマンを頭から呑み込んだ――その、瞬間を。
「――――――――」
ぶんぶんと激しく首を振る。
夏休みに泊まりがけで特訓を受けてから、何度か闇の者の襲撃を受けた。それで少しは慣れたつもりでいた。
だが――アレはそういう次元の話ではない。
生物としての本能が、近づくことをよしとしない。下手に近づけば、自分も同じ目に遭うと容易に想像することが出来る。
一度目はまだ、それが何かを理解していなかったから、そこまでの恐怖を感じずに済んだのだと、今だからこそ分かる。
「……だけど」
中にはまだ、京平と直人がいる。彼らを助けなくては。
震える拳を胸元に当て、睦月はゆっくりと目を閉じ、息を整える。身体の奥にある『命の灯』の――バルドの力を感じ取るように、意識を集中させた。
やがて。
睦月の胸元から白い光が発すると、道を示すように真っ直ぐに、奥へと光が伸びた。光は階段を下り、廊下の突き当たりで角を曲がり、加速して右手へと進む。
「……」
意を決し、睦月は震える足を叱咤して一歩、中へと踏み込んだ。
その瞬間、辺りがそれまでよりも一段暗くなったような感覚に襲われ、睦月は再度足を止めた。「命の灯」の光が弱まることなく奥に続いているのだけが救いだ。
もう一歩。さらにもう一歩……。
階段をひとつ降りる毎に、明らかに周囲が暗くなっていく。まだ外の光も届いているはずなのに、天井には蛍光灯だってついているのに――――感覚が、暗いと訴える。
ゆっくりと前後を気にしながら進む。そしてようやく突き当たりにある左右に延びた廊下の手前まで辿り着き、睦月はため息をついた。
その時、唐突に奥からバタバタという激しい足音が聞こえ、睦月はビクリと身を強ばらせた。
そこに、猛烈な勢いで足音の主が角を曲がって姿を現す。
「――! 睦月!」
転がるように廊下に飛び込んだ直人と京平が、睦月の姿を確認して足を止める。
「――――」
さっと背後を振り返った京平が、無言で結界を張るのを見ながら、直人は睦月の腕を掴んだ。
「もう少し下がった方がええ」
そう言って、直人は睦月を連れて戸口の方へと下がる。それに合わせ、京平も後退しながら、防火壁のようにいくつもの結界を張っていく。
あと一歩で外に出られるという所まで辿り着くと、二人は大きく息を吐いた。
「大丈夫?」
二人とも息が荒い。直人は膝に手を置いて肩で息をしながら、頷く。
「ああ……、その光のおかげで助かった」
睦月の胸元から伸びる光を眺め、直人が言う。睦月のしたことも無駄ではなかったということか。
「萩原。それ、もう少し強められるか? 出来ればそこの廊下に充ちるくらい」
奥の方を眺めていた京平が睦月を振り返る。
「んー、やってみる」
どこまで強い光を出せるのかは未知数だ。だが、この光がゴーレムの弱点かもしれないというのなら、やってみる価値はある。というか、やるしかない。
「――――――――」
意識を集中させ、『命の灯』に波長を合わせる。
――――力を
自分の魂の奥にいるというバルドに語りかけるように、望むイメージを脳裏に思い描く。光に満ちた廊下。ゴーレムの無力化。
――せめて、アレが外に出てこないように封じ込めたい
そのイメージに応じるように、次第に睦月の全身がほのかに光り出す。
うまくリンクできそうだ、とほっとする。
その時だった。
薄暗い屋内から一転した繁華街の明るさに、一瞬目がくらむ。
ライブハウスから逃げ出した人々は、足を止めることなく、まるで本能に導かれるかのように明るい方へと足早に去って行く。それどころか雑居ビルの上階からも、次々と人が降りてきては群れをなして去って行く。
この光景は――はじめてゴーレムに遭遇したあの日と同じだ。
まるで疾走するヌーの群れのように一方向に進んでいく人の群れを見やり、睦月は大きく息を吸った。少し冷たい外の空気が、頭をすっきりとさせてくれる。
睦月は振り返ると、ライブハウスの入り口から奥を覗いた。さっきまで入り口の手前で避難する人たちを誘導していたから、睦月より後に出てくる者は今のところいない。岬と成瀬――大学の友人達とはいつの間にかはぐれてしまったが、彼らは自分よりも先に動いていたはずだ。おそらく大丈夫だろう。
むしろ心配なのは――京平と直人だ。2人は逃げ遅れた人がいないかを確認すると言って、中に残っているが、無事だろうか。
階段の上から顔を覗かせ、奥を見る。手前の方にはまだ灯りが点っているものの、階段を降りた先、廊下の奥は薄暗く静まりかえっている。
様子を見に行った方がいいだろうか。
だが、彼らは睦月の護衛としてここに来て、その役割を果たすために自分を逃がしたのだ。もしここで睦月が戻ってしまえば、却って動きにくくなるかもしれない。それよりは、どこかにいるという友香を探した方がいいだろう。あちらも、既にこの異変に気づいているはずだ。
けれど――頭の奥、本能に近い部分が訴えかける。睦月の力がなければ、あのゴーレムには勝てないと。
「………………」
意を決し、睦月は奥に戻ろうと一歩を踏み出しかけ――――その動きが、そこで止まった。
ゆっくりと目の前に持ち上げた手が、目視できるほどに震えている。踏み出しかけたその足も、ガクガクとして力が入らない。
――怖い
脳裏に、先ほどの光景が蘇る。
直人に腕を引かれて逃げようとしたあの一瞬、睦月は見てしまったのだ。
――――ゾゾゾゾゾゾゾゾゾ……
世にもおぞましい音を立てて動いたゴーレムが、足下にいたバンドマンを頭から呑み込んだ――その、瞬間を。
「――――――――」
ぶんぶんと激しく首を振る。
夏休みに泊まりがけで特訓を受けてから、何度か闇の者の襲撃を受けた。それで少しは慣れたつもりでいた。
だが――アレはそういう次元の話ではない。
生物としての本能が、近づくことをよしとしない。下手に近づけば、自分も同じ目に遭うと容易に想像することが出来る。
一度目はまだ、それが何かを理解していなかったから、そこまでの恐怖を感じずに済んだのだと、今だからこそ分かる。
「……だけど」
中にはまだ、京平と直人がいる。彼らを助けなくては。
震える拳を胸元に当て、睦月はゆっくりと目を閉じ、息を整える。身体の奥にある『命の灯』の――バルドの力を感じ取るように、意識を集中させた。
やがて。
睦月の胸元から白い光が発すると、道を示すように真っ直ぐに、奥へと光が伸びた。光は階段を下り、廊下の突き当たりで角を曲がり、加速して右手へと進む。
「……」
意を決し、睦月は震える足を叱咤して一歩、中へと踏み込んだ。
その瞬間、辺りがそれまでよりも一段暗くなったような感覚に襲われ、睦月は再度足を止めた。「命の灯」の光が弱まることなく奥に続いているのだけが救いだ。
もう一歩。さらにもう一歩……。
階段をひとつ降りる毎に、明らかに周囲が暗くなっていく。まだ外の光も届いているはずなのに、天井には蛍光灯だってついているのに――――感覚が、暗いと訴える。
ゆっくりと前後を気にしながら進む。そしてようやく突き当たりにある左右に延びた廊下の手前まで辿り着き、睦月はため息をついた。
その時、唐突に奥からバタバタという激しい足音が聞こえ、睦月はビクリと身を強ばらせた。
そこに、猛烈な勢いで足音の主が角を曲がって姿を現す。
「――! 睦月!」
転がるように廊下に飛び込んだ直人と京平が、睦月の姿を確認して足を止める。
「――――」
さっと背後を振り返った京平が、無言で結界を張るのを見ながら、直人は睦月の腕を掴んだ。
「もう少し下がった方がええ」
そう言って、直人は睦月を連れて戸口の方へと下がる。それに合わせ、京平も後退しながら、防火壁のようにいくつもの結界を張っていく。
あと一歩で外に出られるという所まで辿り着くと、二人は大きく息を吐いた。
「大丈夫?」
二人とも息が荒い。直人は膝に手を置いて肩で息をしながら、頷く。
「ああ……、その光のおかげで助かった」
睦月の胸元から伸びる光を眺め、直人が言う。睦月のしたことも無駄ではなかったということか。
「萩原。それ、もう少し強められるか? 出来ればそこの廊下に充ちるくらい」
奥の方を眺めていた京平が睦月を振り返る。
「んー、やってみる」
どこまで強い光を出せるのかは未知数だ。だが、この光がゴーレムの弱点かもしれないというのなら、やってみる価値はある。というか、やるしかない。
「――――――――」
意識を集中させ、『命の灯』に波長を合わせる。
――――力を
自分の魂の奥にいるというバルドに語りかけるように、望むイメージを脳裏に思い描く。光に満ちた廊下。ゴーレムの無力化。
――せめて、アレが外に出てこないように封じ込めたい
そのイメージに応じるように、次第に睦月の全身がほのかに光り出す。
うまくリンクできそうだ、とほっとする。
その時だった。