勇者狩り

文字数 1,486文字

クソッ、

なんとかして、助けられないのかっ

広場の前に建っている

今は使われていない教会。


その屋根の上に隠れて

広場の様子を窺っている一人の男。

――今晩、

火炙りの刑に処される者達が十名


街の広場に立てられた十本の柱に

それぞれ縛り付けられている

今はまだ陽が明るいが

もうじき夕暮れになる


完全に日が沈み切ると

柱の下にある焚き木に火が着けられ


勇者の嫌疑を掛けられている者達は

火炙りにされてしまう……

た、頼む、

助けてくれ

俺は勇者でもねえし、

内通者でもねえ

いやだぁ、

死ぬのはいやだぁ

俺の幼馴染みであるサンタナは


まさに今柱に括り付けられていて

日没と共に火炙りにされる運命だ……

……

クソッ、本物の勇者は

一体何をしてやがんだっ


ここは魔王軍に

全土をほぼ制圧された異世界

人間だけではなく

亜人や他の種族達もみな


魔王軍の顔色を窺いながら

日々の生活を怯えて暮らしていた

その魔王軍が、

勇者の情報を掴んでから

もう数か月が経とうとしている

『この世界に勇者が転移して来た

神々によって勇者が遣わされた』


それが魔王軍が掴んだ情報……

絶対的な存在として

この世界に君臨している魔王だが、


勇者の出現を恐れ、配下の者達に

人間の中から勇者を探し出し、

殺すようにとの命令を下す

どれだけ磐石な支配体制を敷こうとも

魔王にとって勇者は天敵であり宿敵

勇者が降臨して

一点突破で魔王だけを狙い


魔王を暗殺でもしようものなら


魔王軍は雪崩れのように瓦解し

一気にこの世界の形勢が逆転し兼ねない

それが真の勇者が持つ力


魔王の命を受けた魔族、魔物達は

人間達の中から勇者を探すべく


勇者狩りをはじめた

過去の経験則から


転移の勇者と成り得るのは

十代後半から二十代の男に限られる

その年代に該当する人間達を

すべて調べ上げ

疑わしければ処刑する

それが勇者狩りの幕開け

幼い頃から

この世界に住んでいた者達が

転移して来た勇者である筈がない

人間達はそう主張したが

転移して来た勇者の魂が

憑依している可能性が

あるんじゃあねえのか?

あぁっ?

魔王軍がこれを

聞き入れることはなかった

引き抜いた者が勇者とされる聖剣を

魔王軍は大地ごと移転させ、

首都の広場に設置


集められた該当年齢の男達は

その剣が引き抜けるかどうかを試された

ほら、お前

この聖剣、抜けるか試してみろよ?

あぁっ?

だがそれは真の聖剣ではなく


力ある者であれば誰でも

引き抜けるような紛い物に過ぎなかった

あ……
こいつ抜きやがった!

抜きやがったぜっ!!

おい、おめぇ、

さては勇者なんじゃねえのか?

そ、そんな!

いや、待ってくれ

これは何かの間違いだ

おいっ、連れて行けっ!!

引き抜いてしまった者達は

捕らえられ、牢に投獄された後


まとめてこの広場で火炙りとなり

公開処刑される

助けてくれ! 

助けてくれぇっ!!

これは、

勇者転移の報に淡い期待を寄せる


人間をはじめとする

魔王軍に抵抗する者達の心をへし折り


反逆の火を消す為の策に他ならなかった


街の広場で行われる

公開処刑の火炙りを

何度も見せられた人間達は


誰が勇者なのか疑心暗鬼となり


互いが互いを監視し

疑わしい者が居れば

魔王軍に密告する


密告社会へと成り果てて行った

そうだ、お前達


自分が助かりたいと思うならば

誰かを勇者だと密告すればいい

例えそれが間違いであったとしても

魔王軍は咎めることはしないし

むしろ密告した者は

勇者ではないと認められる


密告するような者が

勇者である筈がねえからな

魔王軍はそう吹聴して回った

確かに自分が助かりたいが為に

他者を密告して魔王軍に売る


そんな暗黒面に落ちた者が

勇者であるとは考え難い……

人々は自らが

勇者ではないことを証明する為に


自分と関わりがない者達を

我先にと密告していく……

まるで地獄のような有様……
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