前前世の記憶

文字数 1,679文字

どうだろう?

協力する気になってもらえたかな?

向こうの部屋から

勇者の声が聞こえて来る

今勇者と面会しているのは、

この田舎町に住む一人の魔族の男

君が協力してくれると言うのなら


君の奥さんと子供、家族みんな、

その命を奪うようなことはしないと


そう約束しよう

ここは勇者が占拠した

魔王軍配下の田舎町ヘルサテライト

ここにある病院が

今は勇者の拠点だ

ここには勇者の他に


私を含め三人のスタッフがいる

いずれも各分野で比類の無い

マッドサイエンティストばかり

この世界の三大狂人とまで言われた者達だ
……

禁忌の練成に手を出して

世間から迫害された錬金術師

……

患者の許可無く

勝手に人体改造を繰り返す

正真正銘のマッドドクター

そして私は……

道を極めたが、

魔王を批判した為

追放されたネクロマンサー

違った意味で

みな強者(つわもの)揃い

『合成生命術』などの

新しい能力を手に入れた勇者は


この三人を集めて、共同研究と称した

様々な良からぬ実験を行っていた

この町の魔族達はその

実験の材料とされているのだ


……
隣の部屋で話を終えた勇者が、

ここに戻って来た

どうせ約束なんて、

守りはしないのだろう?

先程の話を聞いていた錬金術師は

呆れたようにそう言った

本人も大概ロクでもないのだが、

それはこの際置いておくようだ

この世界にあるすべての生命を滅ぼす


それが俺の目的だからな

その日が来るまでなら、

約束は守るさ

お前はそれでも本当に勇者なのか?

いやそれ以前に、

そもそも、お前は本当に人間なのか?

それは人間性の欠片も無い

勇者に向かって放たれた

皮肉のつもりだったのだろうが

違った意味で勇者の本質を突くことになった……

それは、

案外いい質問なのかもしれない

確かに前世は、人間の形をして

二十年近い時を過ごした……

だがその前となると分からない……
記憶が無い、というよりは

もしかしたら

存在していなかったのかもしれない……

無であったような気もするし、

闇に居たような気もする……


または人間達の

悪意であったのかもしれない

少なくとも、今の俺には

複数の人格があるのではないかな

状況などによって、

性格や言葉遣い、

一人称も異なるし

今は『俺』だが、

『僕』『私』『自分』も存在している、

という具合にな

『俺』は外道ではあるが、

物腰だけは柔らかい人格らしい


勇者の発言に、

協同研究者である我々三者は興奮し


それぞれの自論を白熱しながら展開する

そんなことが有り得るのか?

仮に、無や闇であったものが

受肉をして人間になるなどと

人間達の悪意が一つにまとまって

魂へと変質したのなら、

さすれば受肉もまた可能になるはず

前前世が何であったか?


それが今現在の勇者に

大きな影響を与えている

前世よりも前前世がだ


もしそれが本当であるならば

実に興味深いことだよ、これは

なるほど

俺が居た前世の人間世界は、

物質至上主義の文明であったが、


この世界は精神至上主義でもある


お前達の方が

こういう話は合っているということか


魔王軍が来るであろうことを

予測していた勇者は


その行軍のルートに

研究成果を配置して、

実戦の実験場としていた。

勇者が得た『毒』能力の応用、

合成生命としてつくられた蚊、

そして砂漠エリアの合成改造魔獣。

それと同時に勇者は

Lv.上げの経験値を稼いでもいた。


合成改造魔獣を

『ビーストマスター』能力で

使役していたことで、

勇者の経験値としてカウントされる、

それが今回の主目的でもあったのだ。

やはりLv.は

魔王軍の連中を相手にした方が

格段に上がるものらしいな

こうして、勇者が

禁忌である転移系能力の解放に

後一歩まで迫ったことによって、


この世界の滅びが、

本格的にはじまろうとしていた……。

そもそもだが、

何故お雨は勇者になれたんだ?


あの神々が

お前のような本質的に難がある者を

勇者に転生させるとは思えんのだが……

確かに俺は

前生の人間としての命を終え、

転生の間に召喚された


だがそこで、

転生の女神アリエーネに、

勇者に転生することを拒絶された

そこで俺は、

転生管理センターに保管されているすべての能力を

無理矢理、強引にインストールして


自力でこの世界に転生して来たのだ……

!!
馬鹿な……
それではもはや

神にも等しい全能ではないか……

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