キリヒト生誕

文字数 1,715文字

あの夢を見てから

ちょうど十月十日

馬小屋に居た私は

陣痛を迎え、産気づきました

とは言っても

おしるしや破水がある訳でもなく


入った所から出て来るみたい……

お腹からは

光球が少しだけ外へと飛び出していて


それが徐々に大きくなって行く

光球が完全に外へと出る時、

私は大きく息む

痛みから解放され

ぐったりと疲れ切っていたけど


今はそれどころではありませんっ!

赤ちゃんはっ!?

私の赤ちゃんはどこっ!?

赤ちゃんを探していると


光球から光が消えて

中から珠のような赤ん坊が……

……

生まれたばかりの赤ん坊は

宙に浮いたまんま

やぁ、マリア、はじめまして
しゃ、喋ったぁっ!?

生まれたばかりなのに

赤ちゃんはハッキリそう喋りました

そして、本当にありがとう
その状況にはもちろん驚きましたけど……

そんなことよりも何よりも


私の体は勝手に赤ちゃんに抱き着いて


気づけば我が子を抱きしめていました

あぁ、あたしの赤ちゃん……

愛おしくてたまらなくて


宙に浮く喋る赤ちゃんを

私はずっと抱きしめ続けました……


さて……

どうしてこのようなことになったのか、だけど

不慮の交通事故に遭って


この世界の神により

ここに勇者として転生することになった

赤ちゃんの中の人……


つまり、高校生だった僕

しかしこの世界の神は

少しだけおっちょこちょいだったようで

僕が転生を果たす筈であった女性のお腹の中には


既に別の命が、

転生者の魂が宿っていたんだ

まぁ、ダブルブッキングと言うやつだね

もう既に準備を終え、

転生しはじめようとしていた僕は


このままでは行き場がなく

魂が消えてしまうかもしれない……

そんな、非常事態に追い込まれた……

そこで神が急遽

僕を転生させたのが


マリアのお腹の中という訳だ

あなたは、やっぱり神の子なの?


神の使いなの?

私からすれば


赤ん坊が宙に浮いたり

いきなり喋ったりと

不思議なことばかりですけど……


神の子、神の使いということであれば

そういうことが出来たとしても

不思議じゃありませんよね

赤ん坊はこの質問に窮する、

回答に悩む赤ん坊というのも

そうそうない場面ではあるが。

今回の転生に関しては

緊急事態であったために


神が創り出した胎芽(たいが)憑代(よりしろ)にして

マリアの体内に転生して来たのだけれど


それはある意味で

神が直々に肉体を創ったのだから


神の子と言っても間違いではない

――そして、マリアも、体外受精で神の子を宿したとも言える状況なのだけど

神の子と言うのは少々大袈裟だけども


神の使いというのは、合っているかな

神がこの世界に

勇者として転生させる気で遣わしたのだから


神の使いというのは間違いではないだろうね

――それでいくと、神が絡む転生者、転移者は、概ね神の使いということになるんだけどね

やっぱり、

そうだったんだ……

――マリアが熱心に信仰して、

人生の全てを捧げようとしている神が


転生のダブルブッキングをしでかした

おっちょこちょいな神だと思うと

僕は不憫でならないよ

まぁ、可哀想だから、悪く言わないでおくけどさ

神の使いの赤ちゃん、

あなたに名前はあるの?

マリアのお腹の中に居る時から

既に名前は決めていた……


赤ちゃんが自分で

名前を決めるというのも

おかしな話なんだけどさ

――馬小屋でマリアから生まれた神の子となれば、人間世界ではあの人と相場は決まっている

僕の名前は、家須(いえず)桐人(きりひと)

キリヒトと呼んでおくれよ

キリヒトかぁ、

いい名前ね

――ここはマリアに

名前を付けさせてあげたほうがよかったのかな? そんな気がしないでもない

キリヒト、おっぱい飲む?
ちょ、ちょっと止めてよっ

一応中の僕はまだ

十代の思春期なんだからっ

――マリアには何を言っているのか

理解不能だったようだけど


とりあえず授乳は阻止出来た
僕はマリアに抱かれている際に


エナジードレインで生命エネルギーを

ちょっとずつ頂いていて


それがあれば授乳がなくても

成長するには問題がないんだよね

さて、ひとしきりのファーストコンタクトも終わったし


僕にはやらなくちゃならないことがある

それじゃぁ、

マリアの身の潔白を

証明しに行こうじゃないか

マリアのお腹の中にいる時に


マリアがされた酷い仕打ちを

僕はすべて知っている

その時はまだお腹の中に居たから


何も出来ない自分が

もどかしくて仕方なかったんだよ

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