旅立ちの時

文字数 1,275文字

はぁっ、また芋の飯か

アットはまた

晩ご飯に文句を言っている

僕は、芋好きだけどな

僕がそう言うと


いつも一緒にご飯を食べている

ニック、ザック、ラップ、と言った仲間達の間で


芋飽きた派と芋好き派が口論をはじめる

俺も芋にはもううんざりだ
いや、芋飽きないでしょ
まぁまぁ、二人とも……

それは毎日の光景、

いつもの日常で


僕はそうしたここの生活が

それなりに気に入っていた

地上ではよぉ、

肉が食い放題らしいぞ

マジかよ、有り得ねえな

地下の生活、その食料事情が

それ程良い筈はなく


彼らはいつも地上の

美味しい料理を夢見ていた。

そしてもっと大変なのが

もちろん水であり


地下水を利用した水があるにはあったが、

それは非常に貴重な物で


お風呂などには滅多に入れない、

そんな環境で彼らは暮らしているのだ。

そんでだぜっ

なんでもよぉ、

地上には女ってのがいるらしくてよ

とってもいい匂いがして

柔らかくて暖かくて


すごい気持ちがいいらしいぞ

アットは地上への羨望を

一切隠そうとしないけど


一体どこでそんな情報を仕入れて来ているのか

すげぇなぁ、女か……
マジかぁ
どんな生き物なんだろ

アットの発言に

他のみなも感嘆する。

彼らは『セミ男』と

呼ばれているぐらいなので、

もちろんここには男しかいない。

そして、ここの全員が

ここで働きはじめる以前の記憶がないので


女の存在を知る者も

見たことがある者もいない。

ここでは女は

もはや伝説上の生き物に等しい。

あぁ俺も早く

地上に行きてえぜ

みなもアットにつられて

次々に地上への憧れを口にしているけど

もうじきここを出て行く当の僕は


期待と不安が入り混じった

複雑な気持ちだ

もちろん地上に憧れはあるけど


ここのみなと別れることに

寂しさも感じている……

僕らは七年もの間


同じ釜の飯を食い

ここで共に暮らした


家族のようなものだと、

僕はそう思っている……


そして、僕はついに

地下生活の二千五百五十五日目


ちょうど七年間の最後の日を迎える

その日の朝は


地上に旅立つ僕を見送りに

アットやニック、ザック、ラップをはじめとする地下の仲間達が集まって来てくれた

元気でな、ポップ
地上で上手い物食うんだぞ
女も楽しみだな
元気でね

次々と別れの言葉を掛けてくれるみんな


彼らとも

もう会うことはないのかもしれない


そう思うと僕は一抹の寂しさを感じる……

そんな顔すんなって、

また地上で会おうぜ

一番仲の良かったアットは

そう言って僕と握手を交わした

地下で七年間も暮らしていたんだ

突然地上の光を見たら

失明してしまうからな、

これを……

地下の管理長はそう言って

僕に特製ゴーグルを手渡してくれた

後、これは

地上で過ごす為のお金だ

これだけあれば

七日間ぐらいは過ごせるだろう

七日分しかないのか、とも思ったけど


その間に、地上での仕事を探せ

そういう意味だろうと僕は解釈した

彼はまだ七日間の

本当の意味を知らない。

みなに見送られながら、

ポップは旅立つ。

ここには直通のエレベーターなんてものはなくて


ただひたすら螺旋の坂道を

地上まで歩いて行くしかないんだ

僕は期待と不安に胸を膨らませながら

地上へと向かって歩き出し

七年間の地下生活に

別れを告げた

もう二度と僕が

ここに戻って来ることはない

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