残されたアディショナルタイム

文字数 2,015文字

……俺には年の離れた妹がいたんだ
名前をハンナって言ってな
お兄ちゃん

両親は早くに死んじまったから

俺が親代わりみたいなもんさ

兄妹二人きりで

生きて行かなきゃいけなかったからな

ツライことだらけだったが

ハンナのことを見てたら、

あいつと一緒に居たら

そんなことはどうでもよかった

お兄ちゃん

あいつはまさしく天使のようだった

少なくとも俺にとっては

俺は死んだ両親に心から感謝したよ


俺にハンナを残していってくれて

ありがとうってな

あいつの存在だけが

あいつの成長だけが

俺の生き甲斐だった

いや俺の人生のすべてと言ってもよかった

コーエンは一旦間を置くと、

唾を飲み込んでから話を続けるが

その声は明らかに震えている。

だが、ハンナは殺されちまった……

あの生きている価値もないようなド畜生ども、ゴミ以下の屑野郎どもに命を奪われた……

性犯罪者達の慰み者にされて

嬲り殺されたんだ……

……

死体確認で呼び出された時

もう既に頭の中は真っ白だった

手足に力が入らなくて

宙を浮いているような感じだった

そこで見せられたのは

ハンナの変わり果てた姿さ

体中膨れ上がって、全身痣だらけ

よっぽど殴られなきゃ、

まずあんな風にはならねえ

口や目や鼻、いたるところの穴からは

乾いた血の痕が残っていた、

おそらく大量出血したんだろう

全身に複数個所の骨折、

手足の関節もほぼ外れていて

千切れそうなところもあった

…………

どれだけ痛い思いをしたんだろうか?

どれだけ怖い思いをしたんだろうか?

どれだけ苦しい思いをしたんだろうか?

どれだけ辛い思いをしたんだろうか?

俺は正気を失くしちまったんだろうな

吐きまくったよ、際限なく吐きまくった


喚き散らして、泣き叫んで、

床に這いつくばって転げ回った

……

そこで俺の人生も、俺自身も

なにもかもすべてが壊れちまった

ハンナがいない世界には

俺の未来は存在しなかったし


そんな未来は受け入れることも

許すことも出来なかった

……今でもな、毎晩夢に見るんだよ


ボロボロの姿になったハンナが

目の前に現れて、泣きながら言うんだ

お兄ちゃん、助けて
痛いよ、怖いよ、苦しいよ
お兄ちゃん、助けて

ハンナの、あいつの

ボロボロになったあの姿が

頭にこびり付いて離れねえんだよ……

それから俺は軍から銃と弾を

大量に盗んで持ち出して


ハンナを殺した犯人を捜したよ

犯人は四人、

集団でハンナを拉致し、暴行の末、殺害

軍に居た関係で警官にも顔が利くんでな


それなりの賄賂を渡して

捜査情報を入手するのも簡単だった

よく復讐は何も生まない、

虚しいだけだとか


そんなこと言う奴がいるだろ?

そういうことじゃあないんだよ

もう俺はハンナが死んだ時に

一緒に死んじまってるんだからさ

ただ、

あの屑野郎どもを道連れにするために

ほんのちょっとだけ

アディショナルタイムが

残っているってだけに過ぎないんだよ

ハンナが味わったのと

同じ苦しみを味あわせてやる


すぐには殺さずに

ジワジワ苦しめ発狂させて、

八つ裂きにして嬲り殺してやろう


そんなことをずっと思っていたんだがな

いざ、犯人の顔を見た瞬間には、

もう銃で脳天を撃ち抜いてたよ

俺からハンナを奪った

ゴミ以下の屑野郎どもが


一瞬でも一秒でも長く生きているのが

許せなかったんだろうな

ハンナはもうとっくに

生きることを奪われちまってるのに


なんでお前らには

まだアディショナルタイムが

残ってるんだってな

そこには躊躇いも戸惑いも

後悔も虚しさも、なんにもなかったな

今にして思えば

あれは無の境地だったのかもしれないな

……

まず仇の一人を殺して、

その後、立て続けに二人殺して回った

だから俺は連続殺人鬼って訳だ

だが、そんなことはどうでもいい

死人も同然なんだからな

ゾンビエリアに居たゾンビとなんら変わらねえ


クラスチェンジで屍人になっても

むしろ納得出来るレベルだ

それこそ、

そんなことはどうでもいいか……

……

そして、ハンナを殺した

最後の犯人を追っていたんだがな

ところがその最低屑野郎は

別件の婦女暴行殺人容疑で捕まっちまった

どうやら他にも余罪がわんさか出て来て

流刑地送りにされることになったらしい

それを知った俺は慌てて自首して

半ば志願するようにここに送られて来た……

……

だから俺は明日、あんたと別れたら


妹の、ハンナの仇を探しに行くつもりでいる

もう既に罪人狩とやらに

殺されちまっているかもしれないが

せめて奴が死んだのが確認出来れば

俺はそれで文句はねえ

……

まぁ、長い話になっちまったが

こんなところだな俺の訳アリ話ってのは

……そうか、

無理に話させてしまったようで、

すまなかったな……

まぁ、気にするな

最初に話を振ったのは俺だしな

俺も誰にも話す気はなかったんだが

あんたに話を聞いてもらったのは

それはそれでよかったのかも知れない

そんなことを考えて

死んで朽ちて行った馬鹿が居たって


一人ぐらい知ってる人間が居ても

いいのかもなしれないって思えたさ

……まぁ、俺の話も

あんたと似たようなもんさ

確かにクラス=ゾンビ(屍人)とは

言い得て妙だな……

そう言うとジョーは

自らの過去を振り返る。

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