馬小屋のマリア

文字数 1,513文字

――今の私は、天涯孤独の身の上
お父さん、お母さんは、

九年前の魔王軍襲撃で

死んでしまった……

当時、私はまだ五歳だったから……


今はもう両親の記憶も

おぼろげなものになっていて


顔を思い出そうとしても、

ぼんやりとしか浮かんで来ない、

ハッキリとは思い出せない……

両親がいないことよりも


大切な両親との思い出を

忘れようとしている自分に

いつも悲しくなる……

『お父さん、お母さん、

どうして死んでしまったの?』

そう思うことはしょっちゅうだったけど


それは決して口には出さずに

ずっと心の中に留めて置く……

今この戦乱の時代に


私みたいな孤児は沢山居て


辛い思いをしている子供は

自分だけではない


いつもそう自分に言い聞かせている……


お父さんはなんでも

腕の立つ大工だったそうで


宮廷大工の資格を

持っていた程だったらしい

叔父さんは

天涯孤独の私を不憫に思って


家に置いてくれているけれど……

その奥さんは私のことを

あまりよく思っていないみたいで


ことあるごとに辛く当たって来る

あんた、一体

いつまでこのごく潰しを

養わなくちゃいけないんだい?

家計だって

決して楽じゃあないんだから

早く娼館にでも

売り飛ばしておしまいよっ

おいおい、子供の前で

そんなことを言うんじゃないよ

何が子供なもんかね、

この子ももうじき十五だよっ?

もう立派な大人じゃないかっ

叔母さんにいびられる度に

じっと堪えいるんだけど


時には悔しさのあまりに

何も言わずに睨み返すこともあった

まぁ、この子は一体

なんて目で人のことを睨むんだろねっ

そんな目付きをするなだなんて、

この子はよっぽど

性根が腐ってるに違いないよっ

きっと親の育て方が

よくなかったんだね

子は親の鏡って言うからね、

きっと親もロクな人間じゃなかったんだろうよ

お父さん、お母さんのことを言われて

つい頭に血が登り言い返してしまう

違いますっ!

まぁ、口ごたえするのかいっ!?

居候の分際でっ!

育っててもらってる恩も忘れて、

この恩知らずがっ!

両親のことを侮辱され、罵られ、

目に涙をためて泣きそうになる

それでも絶対人前で泣かないと

心に決めていたので、グッとこらえる


私はいつも馬小屋で寝ています

意地悪な叔母さんが

家で寝ることを許してくれなくて

与えらた寝室が馬小屋でした

でも私にとっては

嫌な叔母さんの顔を見ずに済むので


むしろ馬小屋の方が

有り難かったりもしました

私は毎晩のように、馬小屋に積まれた藁に顔を埋めていました


泣いている声が決して漏れないように


今、私は十四歳、

もうじき十五歳になろうとしています

十五歳と言えば、

結婚適齢期でもあるんですが……

この異世界、戦乱の世である為、

人間の平均寿命は四十歳弱と

こちらの人間世界から比べると極端に短い。


ロクな医療が無く、

あっても高額な費用が掛かるため、

金持ちでもない限り

医者に通うことも薬を買うことも出来ない。


乳幼児の生存確率が極端に低いことも

この世界の平均寿命を下げている原因ではあるが、

劣悪な環境の中では

やはり人間長くは生きられないのだ。


そのため、結婚適齢期も

それに合わせて下がって来ている、

人間という種の保存、

その本能がそうさせているのだろう。


その辺りは近代化される前の

日本や欧州と状況は似ている。

結婚適齢期だって言われても


私にはそんな伴侶となってくれるような

異性もおりまんせし


もちろんこれまで

男女交際などもしたことがありません

これまで生きるのに精一杯で


それどころではなかった

というのが理由の一つにありますが

もう一つは、私が

この世界に存在する神の

敬虔な信徒だからなのです

信仰の厚い私は


純潔のまま生涯を

信仰に捧げようという気持ちがあるのです

そんなマリアにこの先、

数奇な運命が待ち受けているのだが、

もちろんまだマリアは知る由もなかった。


(つづく)

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