この好奇心は猫を殺すか? (12月11日16:20)
文字数 5,501文字
「――ああ。やることにした。
通話を切り、第二ドアロックを開け、室内へと戻る。
「晴野、ザック。来い。」
「はーい。」
「はい。」
「さて、強襲のタイミングずらすぞ。今晩戻ってからの予定だった最後の1人を早めに狩りに行く。今からの方が良いみたいだからな。」
本来は22時の接触を狙う予定だった。
だが、
流出してからでは遅いのだ。
「うっし。今回は私服で行く。動きやすい服に着替えて装備整えろ。ザックも装備整えてくれ。」
「うぃす。」
「はい。」
「……ザック、悪いな。」
「いえ。うちの班のサブリーダーは俺より優秀ですので。俺が居なくても回ります。」
「そんなことは無いと思うが……。まぁ、よろしく頼む。
「承知いたしました。着替えてきます。」
「よろしく。」
ザックは1課2係7班オフィスから出て、自分のオフィスへと走って戻っていった。
笑みを作り、霧島に明るく語りかける。
「そうだ――なぁ、
「――え?」
突然話しを振られた霧島は驚いた。
一旦思考が止まる。
――何で僕が!?
混乱していると、
「君は優秀だと聞いているし、それに――
気になってる
だろ。色々と。」「――!……それは……そう、ですが……。」
霧島は言葉に詰まってしまう。
気にならないと言ったら嘘になる。
正直、
死にかけるのは勘弁だが、裏を知り動くのはパズルを解くようで楽しかった。
こなせる程度の能力もあったし、
だが、恐らく晴野の兄――
別班
だ。天道みたいに裏であっても引き返せる程度の…まだ階層が浅い場所に居るわけではい。
言葉にするなら、天道は底なし沼に片足を軽く突っ込んだ状態だ。やりようによっては沈まずに地面に戻れる。
だが、
ここから先はプロの世界。
単なる興味で踏み込んでいい場所ではない。相当な覚悟が必要になる。
霧島としては、どっぷり闇の世界に足を突っ込む気は無かった。
スマートに生きていたいのだ。
だが、晴野が気になるのも事実だ。
晴野の救出方法、雪平に対する運用方法、暴露大会以降の班の縁の下の力持ちのような役割で裏から回す実力、どれも自分にはないものだった。
知りたい。負けたくない。追いつきたい。追い越したい。誰よりも優秀になりたい。裏で活躍できる人間になりたい。
知らないほうが良い。晴野と
相反する思いが霧島の中でせめぎあっていた。
これは…行くべきなのだろうか。断るべきなのだろうか。
「
大人の社会科見学
だ。霧島は晴野と組め。俺はソロで行く。」恐らく霧島の葛藤を見透かしているし、計算したうえで勝算ありきの誘いなのだろう。
「――っ!?」
「お。霧島サブなら大丈夫っしょ。よろよろ。」
戸惑う霧島に、あっけらかんと晴野が返す。
どうやらこの2人の中では、僕の参加は決定しているらしい。
霧島は悩んだ。
“Curiosity killed the cat.”
日本語では「好奇心猫をも殺す」ということわざだ。
だが、この英語のことわざには実は続きがある。
続きの文章は ”But satisfaction brought him back.”
訳すと「だが、物事を深く知り、満足したおかげで猫は生き返った。」となる。
“Curiosity killed the cat,but satisfaction brought him back.”
ことわざをくっつけて意訳すると「好奇心を持って、気になることを目掘り葉ほり詮索するのは危険だが、得た知識で満足したときの喜びのほうが危険に勝る」という意味になる。
僕の本音は何だ?やりたいことは何だ?
自分に足りていないものを知りたい。
もっと上を目指したい。
誰よりも優秀でありたい。
これらの根底は全て「好奇心」――僕の知的欲求だ。
――1度きりの人生だ。正面からぶつかりに行ってやる!
霧島は覚悟を決めた。
そして、答えを出す。
「――よろしくお願いします!」
霧島は、
「晴野、霧島、ザック、橘の4名と俺で行く。各自備えてくれ。」
「はい。」
「はい!」
晴野と霧島が返事をする。
「えーっと、斎藤さん?だったかな。ラムダが戻ってきたら、そいつらをよろしくな。」
「はい。連絡ありがとうございました。」
既に
晴野は霧島に指示を出す。
「霧島。防弾チョッキと銃、警棒、インカムは必須。他は【必要だと思うものを身軽に】が鉄則。ヘルメットみたいな見た目からしてわかる装備はNG。
だから晴野は緊急案件にウエストポーチを持って行っていたのか。納得した。
霧島もウエストポーチを持っていたため、それを使うことにした。
ラフな服装もスニーカーも持ってきていてよかった…。
また、普段の晴野からはあまり聞いたことのないワントーン低い落ち着いた声色と口調に驚いていた。
今までの晴野を知っている分、どこか他人行儀で冷たく感じてしまう。
……そんな喋り方、出来たのか。
「ああ。……手錠は?」
「あっても良いけど、基本はプラスチックカフ。軽いし、持ち運びしやすいし。無いなら渡すよ。」
「頼む。持ってない。」
「りょ。じゃ、着替えよろ。」
そう言い、2人は仮眠室に散っていく。
その様子を見た
《え。アストライアー、何かプロっぽい……。》
《これが噂の
「なんか、かっこいいですね。」
「晴野、
「やっぱりやればできる子なのねぇ……。そして、霧島も
そうなる
のねぇ…。」「晴野にも驚いたが……まさか、霧島さんが
本当にそっち方面に行く
とは……。」《【悲報】天道氏の弟子、
《本当だね。天道ざまぁ。》
晴野と霧島の後姿を見送り、各々がつぶやいた。
すると、第二ドアロックの開錠音が響いた。
ドアが開き、ラムダと天道が入室してきた。話し合いは終わったらしい。
「斎藤ー!終わったわ。帰るぞー。」
「はい。先輩。」
「ただいまぁ……って、何やこの空気。何かあったん??」
ラムダと斎藤は、戻ってきて即座に言葉を交わした。
天道は部屋の空気感に呆気に取られていた。
「いえ、大丈夫です。何でもありません。……天道さん、晴野と霧島が
「…そうなん?……まぁ、ええけど……???」
「あ、引き続きよろしくお願いします。」
「こちらこそ、連絡ありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。」
ラムダと斎藤は
しばらくすると、着替えた晴野が更衣室から出てきた。
晴野は鍵の保管場所から武器庫の鍵を取り出す。
武器庫へ行き、鍵を開けて中に入った。
少しすると、晴野は武器庫から出てきた。
銃はホルスターにしまい、身に着けているのだろう。
ウエストポーチをつけているため、弾丸を含む荷物はコンパクトにまとめているようだった。
霧島も遅れて同じように武器庫へと入る。
晴野は
「あ、これ兄貴の分!とりあえず5つ!」
晴野はプラスチックカフを5つ
「お、サンキュー。助かるわ。」
「弾丸は?」
「撃ってないから足りる予定。」
「りょ。」
兄との会話を終え、晴野はミーティングルームに居る
「
「いえ。急ぎの物はないわ。まぁ、このカゴのものを手伝ってくれたら嬉しいけど。……晴野が任せたい仕事があればそっちを優先して。」
「りょ。――ヴォイド!ネフィリム!そっちの情報で見分けてもらいたいのある?」
晴野は今度はハッカーコンビに確認を取る。
《怪しそうなのがいくつかありますなぁ。重要度【色】判定あったら嬉しいっすな。とりあえず、A4で5枚程頼みたいでござる。》
《僕の方は特にないかな。アレクセイへのメッセージもあれだけだし、プライベートスマホ見る限りは巻き込まれただけな
「ざす!……ゆっきー!今大丈夫そ?」
「あっはい。何でしょうか?」
晴野はデスクへと向かい、途中にあるコピー機からA4の紙を1枚引っ張り出す。
自分のデスクからペンを取り、書き始める。
「いいかー?今、仕事がイレギュラーで立て込んでるけど、やることはいつもと一緒。同じです。まず、ネフィリムのお手伝いからな?1、ネフィリムが印刷したものを見て、いつものマーカーで色分けして。2、色分けが終わったら、いつものように色分けのカゴに入れてね。3、いつものようにピンクのカゴから、カゴごとに情報をまとめよう。4、終わったらネフィリムにPDF送信して、書き込んだ書類も持って行こう。5、10分間休憩!」
紙に書いたものを雪平に見せながら話している。
カゴとマーカーはそれぞれ4色あり、重要度ごとに色をわけていた。
重要度が高いと思われるものから順に、雪平が見た【色】の情報や補足事項などを文章ファイルにまとめている。
嵐山は晴野たちの近くに行き、その様子を観察していた。
晴野不在時に、雪平の運用が失敗した原因を確かめたいようだった。
霧島は武器庫から出て、鍵を所定の位置に戻し、晴野のデスクへと向かった。
銃をホルスターにしまって身に着け、霧島もウエストポーチに弾丸などを入れたようだ。
晴野のデスクへと向かったのは、霧島も嵐山と同じ気持ちなのだろう。
「次に、
「はい。」
「いつものとこ貼るね。悩んだらまたチャート図見てやってクレメンス!それでもダメそうなら、
晴野はそう言い、雪平のデスクにある壁掛けボードに紙を貼った。
今日は危なそうだったからかなり手を出したが、雪平は通常なら雪平自身で作ったタスクを使って、困った時は晴野作成のチャート図を見ながら仕事を回していける実力はあるのだ。
パニックになりさえしなければ、本人の努力である程度までは底上げ可能である。
今回は余程状況が悪かったのだろう。可哀想に。
晴野は嵐山のほうに振り向く。
「
「わかったわ。用意しておくわ。」
「あと、ネフィリムから追加が来たら、
「晴野、ありがとう。」
嵐山は晴野に礼を言った。
コピー機が動き出し、A4の紙が5枚印刷される。
ネフィリムだろう。
《ほい!印刷しましたぞ!オナシャス!!》
「私が持って行くわ。晴野、あなたはもう行きなさい。」
「あざっす!――行ってきます。」
班員と話している時はいつもの知っている晴野だったが、最後の「行ってきます」は知らない晴野だった。
意識がお兄さんが運営する
「うし、じゃ、表出るか。」
「はい。」
「はい!」