この好奇心は猫を殺すか? (12月11日16:20)

文字数 5,501文字

――20XX年12月11日 16時20分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス

「――ああ。やることにした。晴野(はれの)霧島(きりしま)、ザック、(たちばな)の4名と俺で行く。……うん。ちょっとやることあるから、緊急案件(エマージェンシー)流してほしいっす。……ん?俺は霧島を選びたいと思った。あと1人の選定は先輩に任せるわ。……おー。まぁ、了承得られるかは本人次第だがなー。……うん。よろしく。…はーい。」


天道(てんどう)とラムダが屋上で話しをしている頃。
(ほむら)は第一ドアロックと第二ドアロックの間の通路で、不知火(しらぬい)に電話をかけていた。

通話を切り、第二ドアロックを開け、室内へと戻る。

「晴野、ザック。来い。」
「はーい。」
「はい。」

(ほむら)は晴野とザックを集め、話しかける。

「さて、強襲のタイミングずらすぞ。今晩戻ってからの予定だった最後の1人を早めに狩りに行く。今からの方が良いみたいだからな。」

本来は22時の接触を狙う予定だった。
だが、(さくら)の助言により強襲のタイミングをずらすことにした。
流出してからでは遅いのだ。

(ほむら)は1回手を叩き、話し始める。

「うっし。今回は私服で行く。動きやすい服に着替えて装備整えろ。ザックも装備整えてくれ。」
「うぃす。」
「はい。」
「……ザック、悪いな。」
「いえ。うちの班のサブリーダーは俺より優秀ですので。俺が居なくても回ります。」
「そんなことは無いと思うが……。まぁ、よろしく頼む。16時40分(ヒトロクヨンマル)に1課2係7班オフィスのドア前に集合でいいか?」
「承知いたしました。着替えてきます。」
「よろしく。」

ザックは1課2係7班オフィスから出て、自分のオフィスへと走って戻っていった。
(ほむら)はザックを視線で見送り、暗い顔をした霧島のほうを向く。
笑みを作り、霧島に明るく語りかける。

「そうだ――なぁ、霧島(きりしま)君!君も来ないか?」
「――え?」

突然話しを振られた霧島は驚いた。
一旦思考が止まる。


――何で僕が!?(ほむら)さんが運営する秘匿班(スカウト)のメンバーでもないのに!?


混乱していると、(ほむら)が話し出す。

「君は優秀だと聞いているし、それに――

だろ。色々と。」
「――!……それは……そう、ですが……。」

霧島は言葉に詰まってしまう。


気にならないと言ったら嘘になる。

正直、天道(てんどう)の仕事について行かされたあの日から、見える世界が変わった。
死にかけるのは勘弁だが、裏を知り動くのはパズルを解くようで楽しかった。
こなせる程度の能力もあったし、(しょう)にもあっていた。

だが、恐らく晴野の兄――(ほむら)

だ。
天道みたいに裏であっても引き返せる程度の…まだ階層が浅い場所に居るわけではい。
言葉にするなら、天道は底なし沼に片足を軽く突っ込んだ状態だ。やりようによっては沈まずに地面に戻れる。
だが、(ほむら)が居るのはマリアナ海溝だ。落ちてしまえば、二度と光は拝めないだろう。

ここから先はプロの世界。
単なる興味で踏み込んでいい場所ではない。相当な覚悟が必要になる。

霧島としては、どっぷり闇の世界に足を突っ込む気は無かった。
スマートに生きていたいのだ。

だが、晴野が気になるのも事実だ。

晴野の救出方法、雪平に対する運用方法、暴露大会以降の班の縁の下の力持ちのような役割で裏から回す実力、どれも自分にはないものだった。
渦雷(からい)だけでなく、ノーマークだった晴野に負けたことが悔しかったし、晴野の実力が見抜けなかった上に周囲より劣っている自分が何より許せなかった。

知りたい。負けたくない。追いつきたい。追い越したい。誰よりも優秀になりたい。裏で活躍できる人間になりたい。
知らないほうが良い。晴野と渦雷(からい)には勝てない。そこまで自分は優秀ではないのが分かってしまった。闇に落ちたくはない。

相反する思いが霧島の中でせめぎあっていた。

これは…行くべきなのだろうか。断るべきなのだろうか。


だ。霧島は晴野と組め。俺はソロで行く。」

(ほむら)は悪い顔で笑う。
恐らく霧島の葛藤を見透かしているし、計算したうえで勝算ありきの誘いなのだろう。

「――っ!?」
「お。霧島サブなら大丈夫っしょ。よろよろ。」

戸惑う霧島に、あっけらかんと晴野が返す。
どうやらこの2人の中では、僕の参加は決定しているらしい。

霧島は悩んだ。

“Curiosity killed the cat.”
日本語では「好奇心猫をも殺す」ということわざだ。
だが、この英語のことわざには実は続きがある。

続きの文章は ”But satisfaction brought him back.”
訳すと「だが、物事を深く知り、満足したおかげで猫は生き返った。」となる。

“Curiosity killed the cat,but satisfaction brought him back.”
ことわざをくっつけて意訳すると「好奇心を持って、気になることを目掘り葉ほり詮索するのは危険だが、得た知識で満足したときの喜びのほうが危険に勝る」という意味になる。


僕の本音は何だ?やりたいことは何だ?

自分に足りていないものを知りたい。
もっと上を目指したい。
誰よりも優秀でありたい。
これらの根底は全て「好奇心」――僕の知的欲求だ。


――1度きりの人生だ。正面からぶつかりに行ってやる!


霧島は覚悟を決めた。
そして、答えを出す。

「――よろしくお願いします!」

霧島は、(ほむら)秘匿班(スカウト)が行う強襲作戦に参加することを決めた。
(ほむら)はにやりと笑った。

「晴野、霧島、ザック、橘の4名と俺で行く。各自備えてくれ。」
「はい。」
「はい!」

晴野と霧島が返事をする。
(ほむら)斎藤(さいとう)のほうを向き、口を開く。

「えーっと、斎藤さん?だったかな。ラムダが戻ってきたら、そいつらをよろしくな。」
「はい。連絡ありがとうございました。」

(ほむら)は斎藤に微笑む。斎藤は会釈した。

(ほむら)はスマートフォンを操作し、参加メンバーと集合時間、場所を秘匿班(スカウト)の緊急チャットに流し、緊急案件(エマージェンシー)を出した。
既に不知火(しらぬい)さんから橘に対して緊急案件(エマージェンシー)が出されているはずだが、念のための確認も含めて流した。


晴野は霧島に指示を出す。

「霧島。防弾チョッキと銃、警棒、インカムは必須。他は【必要だと思うものを身軽に】が鉄則。ヘルメットみたいな見た目からしてわかる装備はNG。得物(えもの)は服の下に隠すべし。運動靴(スニーカー)推奨。おすすめはウエストポーチ。……スーツ以外の私服も持ってきてるでしょ?」


だから晴野は緊急案件にウエストポーチを持って行っていたのか。納得した。

霧島もウエストポーチを持っていたため、それを使うことにした。
ラフな服装もスニーカーも持ってきていてよかった…。

また、普段の晴野からはあまり聞いたことのないワントーン低い落ち着いた声色と口調に驚いていた。
今までの晴野を知っている分、どこか他人行儀で冷たく感じてしまう。
……そんな喋り方、出来たのか。


「ああ。……手錠は?」
「あっても良いけど、基本はプラスチックカフ。軽いし、持ち運びしやすいし。無いなら渡すよ。」
「頼む。持ってない。」
「りょ。じゃ、着替えよろ。」

そう言い、2人は仮眠室に散っていく。


その様子を見た渦雷(からい)たちはただただ驚いていた。

《え。アストライアー、何かプロっぽい……。》
《これが噂の晴野(アストライアー氏の本気でござるか。ほうほう。やる気スイッチはお兄様でござるか。)
「なんか、かっこいいですね。」
「晴野、秘匿班(スカウト)の報告の際はあんな感じでしたわよ。本当に驚きましたわ。」
「やっぱりやればできる子なのねぇ……。そして、霧島も

のねぇ…。」
「晴野にも驚いたが……まさか、霧島さんが

とは……。」
《【悲報】天道氏の弟子、(ほむら)お兄さんに取られるwwwww》
《本当だね。天道ざまぁ。》

晴野と霧島の後姿を見送り、各々がつぶやいた。

すると、第二ドアロックの開錠音が響いた。
ドアが開き、ラムダと天道が入室してきた。話し合いは終わったらしい。

「斎藤ー!終わったわ。帰るぞー。」
「はい。先輩。」
「ただいまぁ……って、何やこの空気。何かあったん??」

ラムダと斎藤は、戻ってきて即座に言葉を交わした。
天道は部屋の空気感に呆気に取られていた。

「いえ、大丈夫です。何でもありません。……天道さん、晴野と霧島が緊急案件(エマージェンシー)でこの後出て行きます。」
「…そうなん?……まぁ、ええけど……???」

渦雷(からい)の返答に、天道は疑問の表情で答えた。


「あ、引き続きよろしくお願いします。」
「こちらこそ、連絡ありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。」

(ほむら)とラムダは言葉を交わす。
ラムダと斎藤は倉木とお付きの人(バカ2人)を回収して、分室へと向かっていった。


しばらくすると、着替えた晴野が更衣室から出てきた。

晴野は鍵の保管場所から武器庫の鍵を取り出す。
武器庫へ行き、鍵を開けて中に入った。

少しすると、晴野は武器庫から出てきた。
銃はホルスターにしまい、身に着けているのだろう。
ウエストポーチをつけているため、弾丸を含む荷物はコンパクトにまとめているようだった。

霧島も遅れて同じように武器庫へと入る。

晴野は(ほむら)に近づき、手に持っていたプラスチックカフを差し出す。

「あ、これ兄貴の分!とりあえず5つ!」

晴野はプラスチックカフを5つ(ほむら)に渡した。

「お、サンキュー。助かるわ。」
「弾丸は?」
「撃ってないから足りる予定。」
「りょ。」

兄との会話を終え、晴野はミーティングルームに居る嵐山(あらしやま)に語りかける。

嵐姐(あらしねえ)さん!今の仕事って資料まとめ?ゆっきーの【色】必要だったりする!?」
「いえ。急ぎの物はないわ。まぁ、このカゴのものを手伝ってくれたら嬉しいけど。……晴野が任せたい仕事があればそっちを優先して。」
「りょ。――ヴォイド!ネフィリム!そっちの情報で見分けてもらいたいのある?」

晴野は今度はハッカーコンビに確認を取る。

《怪しそうなのがいくつかありますなぁ。重要度【色】判定あったら嬉しいっすな。とりあえず、A4で5枚程頼みたいでござる。》
《僕の方は特にないかな。アレクセイへのメッセージもあれだけだし、プライベートスマホ見る限りは巻き込まれただけな希ガス(気がする。)
「ざす!……ゆっきー!今大丈夫そ?」
「あっはい。何でしょうか?」


晴野はデスクへと向かい、途中にあるコピー機からA4の紙を1枚引っ張り出す。
自分のデスクからペンを取り、書き始める。

雪平(ゆきひら)は晴野のもとに向かい、紙を覗き込む。

「いいかー?今、仕事がイレギュラーで立て込んでるけど、やることはいつもと一緒。同じです。まず、ネフィリムのお手伝いからな?1、ネフィリムが印刷したものを見て、いつものマーカーで色分けして。2、色分けが終わったら、いつものように色分けのカゴに入れてね。3、いつものようにピンクのカゴから、カゴごとに情報をまとめよう。4、終わったらネフィリムにPDF送信して、書き込んだ書類も持って行こう。5、10分間休憩!」


紙に書いたものを雪平に見せながら話している。

カゴとマーカーはそれぞれ4色あり、重要度ごとに色をわけていた。
重要度が高いと思われるものから順に、雪平が見た【色】の情報や補足事項などを文章ファイルにまとめている。

嵐山は晴野たちの近くに行き、その様子を観察していた。
晴野不在時に、雪平の運用が失敗した原因を確かめたいようだった。

霧島は武器庫から出て、鍵を所定の位置に戻し、晴野のデスクへと向かった。
銃をホルスターにしまって身に着け、霧島もウエストポーチに弾丸などを入れたようだ。

晴野のデスクへと向かったのは、霧島も嵐山と同じ気持ちなのだろう。


「次に、嵐姐(あらしねえ)さんが言ってたカゴの話になるからね。こっちもやることはいつもと一緒。6、嵐姐(あらしねえ)さんからカゴを受け取る。7、カゴの中の資料をいつものマーカーで色分けして。8、色分けが終わったら、いつものように色分けのカゴに入れてね。9、量が多いからここで10分休憩!10、カゴごとに情報をまとめよう。11、終わったら嵐姐(あらしねえ)さんにデータ渡して見て貰って!……やり方はいつもの調査部と同じだよ。6からは提出先が嵐姐(あらしねえ)さんになるだけ。」
「はい。」
「いつものとこ貼るね。悩んだらまたチャート図見てやってクレメンス!それでもダメそうなら、渦雷(からい)リーダーか嵐姐(あらしねえ)さんに聞いてちょ!」


晴野はそう言い、雪平のデスクにある壁掛けボードに紙を貼った。

今日は危なそうだったからかなり手を出したが、雪平は通常なら雪平自身で作ったタスクを使って、困った時は晴野作成のチャート図を見ながら仕事を回していける実力はあるのだ。
パニックになりさえしなければ、本人の努力である程度までは底上げ可能である。
今回は余程状況が悪かったのだろう。可哀想に。

晴野は嵐山のほうに振り向く。

嵐姐(あらしねえ)さん、カゴの中の資料、書き込んでも良いようにコピーお願いできますか?私もう出なきゃなので。」
「わかったわ。用意しておくわ。」
「あと、ネフィリムから追加が来たら、嵐姐(あらしねえ)さんのが終わった後に、また1、からでお願いします。順番がごっちゃになると分からなくなってしまうので!それと、途中で何度も止めるとパンクする原因になるので、出来る限り放置で!あ、もしなんかヤバそうだったら、静かなところで温かいものでも飲ませてクールダウンさせてクレメンス!!」
「晴野、ありがとう。」

嵐山は晴野に礼を言った。


コピー機が動き出し、A4の紙が5枚印刷される。
ネフィリムだろう。

《ほい!印刷しましたぞ!オナシャス!!》
「私が持って行くわ。晴野、あなたはもう行きなさい。」
「あざっす!――行ってきます。」

班員と話している時はいつもの知っている晴野だったが、最後の「行ってきます」は知らない晴野だった。
意識がお兄さんが運営する秘匿班(スカウト)へ行くと、言動が切り替わるようだ。

「うし、じゃ、表出るか。」
「はい。」
「はい!」

(ほむら)の声に晴野と霧島が返答し、オフィスから飛び出していったのだった。
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登場人物紹介

本編主人公の渦雷(からい)です。

1課2係7班のリーダーです。

皆さまどうぞよろしくお願いいたします。


雪平、すまないがこの書類も頼む。総務から雪平宛だ。

1課2係7班、サブリーダーの霧島(きりしま)です!

よろしくな!


あ、雪平!

僕、1時間後に用事で出るから、総務の書類終わったらついでに持って行ってやるよ!

あ、ども!晴野(はれの)っすー!

1課2係7班でオペレーターやってるよー!

よろよろ!!


って、ちょ……ゆっきー(雪平)!!!?無事かー!!?

皆さま初めまして。

1課2係7班の雪平(ゆきひら)です。

事件が無い時は、事務や情報整理、書類整理をメインにしています。

共感覚を持っていて、僕の場合は【色】が見えます。

どうぞよろしくお願い致します。


さて、この書類を…あっ!

(バッサー。書類を床に雪崩のように落とす。)

――うわあああぁ!すみませんんん!!

皆さまごきげんよう。

1課2係7班、雨宮(あまみや)ですわ。


雪平、こちらに来た書類はまとめましたわよ。

1課2係7班、嵐山(あらしやま)よ。

よろしく。


雪平。こっちが処理済、こっちが未処理のものよ。

量もあるし、天道に返す分は空きデスクに積んでおくわね。

1課2係7班、情報班員の東雲(しののめ)だよ。

基本、引きこもっているけど…よろしく。


あれ。ネフィリムからチャット入ってる…。

…了解。〔また出たヤバ案件ww面白そうだし、緊急案件RTA参加するので詳細キボンヌw〕…っと。

いつもネフィリム達には手伝ってもらってるしね。

――さて、頑張りますか。

あ、どうも。公安部外事課、天道(てんどう)どす。

警視庁に勤務しながら、青少年特殊捜査本部の1課2係7班の上司をさせてもらっとりますぅ。

ホンマは古巣に戻るか、1課1係に行きたいんやけど…まぁ、よろしゅう頼んます。

警視庁の阿久津(あくつ)だ。

天道の上司だ。どうぞよろしく。

警視庁公安部所属の天笠(あまがさ)です。

1話のエピローグから本編に関わらせていただきます。

読者、そして1課2係7班の皆さん、どうぞよろしくお願いします。

うぽつwww

拙者はネフィリム!

3課1係4班のリーダーでござるwww

いやぁ、何卒どうぞどうぞよろしくでござるww

あ。上から緊急案件RTA入ったんで離脱シャース!ノシ

ホント人使い荒いwwブフォww

者ども!!調査(ハッキング)と工作(クラッキング)の時間ですぞ!!各自開始オナシャス!!

警視庁公安部内事課の斎藤だ。

…一応名乗ったが…俺の自己紹介、本当に必要か??

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