もう一つの緊急案件 (12月9日21:00)
文字数 5,839文字
アレクセイは困惑していた。
拉致を実行したテロリストたちがアジトに戻ってきていないと、テロリストのリーダーから連絡を受けたからだ。
最初は拉致に失敗したと思った。
だが、警察内部にいる
拉致自体は成功している
ようである。さて、アイツらはどこにいったのか。
警察が護衛していたみたいだし、危険と判断して隠れ家を捨てたのだろうか?
アレクセイはスマートフォンのアプリを立ち上げ、今回の拉致の実行犯の1人にメッセージを送ることにした。
――20XX年12月9日 21時00分 都内某所 マンションの一室
不知火と
流した情報は、「西園寺家の3人の子どもたちが何者かに拉致された。警察に護衛を頼んでいたのに、拉致されてしまった。警察は信用できないから、犯人からの連絡待ちをしている。」というものだ。
どうせ、公安内部に協力者を作っているんだ。アレクセイのネットワークから
拉致の成功
は判明するだろう。よって、表で警察は動かさず、全てを裏で進めることにした。
思案していると、
焔と誰かに聞かれてもいい程度の会話をしていると、不知火のスマートフォンが震える。
焔のスマートフォンも同様に震えた。
仲間からだった。どうやら拉致の実行犯が吐いたらしい。
2人は送られてきた情報を確認し、頭の中にある情報を整理することにした。
――20XX年12月9日 21時00分 都内某所 マンションの一室
雨宮は脱衣所に案内されたので、着衣のまま風呂場を覗いてみた。
風呂場を開けてみると、椅子と洗面器が2つずつ、男性用のシャンプー、ボディーソープの他に、女性用のシャンプーなどのアメニティーが置いてあった。
そう――
雨宮が自宅で使っているアメニティーが置いてあった
のだ。――何で、好みから愛用品まで全て調べられているんですのよ……!?
きっと、慣れない環境でストレスを抱えないよう、良心から徹底的に調べ上げ、手配してくれたのだろう。
渡されたパジャマは肌触りも見た目も好みだったし、いつも使っているアフタートリートメント、化粧水や乳液も全て揃っていた。
今のところ家と違うのは寝具、環境、食事だけだ。
頭ではわかっている。だが、心がついていかない。
……多分、ストーカーにあった感覚に近いのだと思う。
雨宮は、晴野が少し怖いと思った。
――20XX年12月9日 21時00分 都内某所 マンションの一室
雨宮と1人の女子は入浴中だ。
時間の都合上、2人で入浴することにしていた。
雨宮が自宅で使っているシャンプーなどのアメニティーも、化粧水やアフタートリートメントも揃えているため、不便はないだろう。
パジャマは同じものが生産終了しており既に販売されていなかったので、質感の似た同じブランドのものを用意していた。
晴野は任務で雨宮を保護するうえで、【雨宮】こと【西園寺桜子】を徹底的に調べ上げていた。
そのうえで、説明でどこまで明かすべきかも決めていた。
雨宮の場合、不透明な説明にならないほうが良かった。
なので、出来るだけ……
言える範囲で鮮明に
説明を行った。逃亡生活はかなりのストレスがかかる。
見張りが常に居るのだ。倉木の件で痛感したが、あれはキツイ。メンタルが死ぬ。
それに、この
拉致だと判断した瞬間から、脱走の機会を常に窺いだすだろう。いちいち気を張らねばならないのだ。
なにせ、戦闘の実力と天道が認めるくらいの行動力が持ち味の為、
勝手に行動してしまう可能性も否めない
のだ。実際、西園寺3兄妹への説明では、雨宮はずっと隙を窺いながら、逃走経路の算段とこちらの情報を集めようとしていたのである。
……油断も隙も無かった。
本当に、雨宮は現場での判断が優れているのだ。
また、晴野に対しても不信感が募っていたようだった。
眠らせて連れてきた事により不信感が急増していたようなので、兄の会話に割って入り、3兄妹の前で補足をする必要があった。
夕食後の雨宮への説明で再度説明し、きちんと謝罪した。
……わだかまりはないほうが良いし、早めに解消すべきだと暴露大会で思い知ったのだ。2度と同じ
対象となる人間の性格、行動を分析し、最適解を出す。
周囲の意見を拾い上げ、なるべく零れ落ちることが無いように掬っていく。
必要な時は率先して前に出て、また必要な時は一歩引いて裏に回る。
失敗したとしても2度と同じ
適切な指示と、適切な状況を整える――これが、
晴野がこの秘匿班でリーダーを任せられている
所以でもあった。晴野はリーダーシップを兼ね備えたリーダー型だ。
また、霧島のプライドの高さは見栄に全振りされているが、晴野の場合は1度行った失敗の再発防止に働くため、上司から見て性格的にも丁度良かった。
ただ――飽きっぽいのと、自分を使う相手により態度を変えるところ、失敗や他人の評価を恐れるがゆえに完璧を求め徹底的に準備しまくった結果、時々カバーできる範囲の凡ミスをするところが玉に
晴野は
条件を満たしたのが晴野の実の兄である
本来ならここに
なので、
その日の夜の暴露大会にて班の真相を知って以降は本気を出し、
……天道の前では未だにかなり手を抜いているが。
天道は初期の時点で晴野を情報班員から追いやった結果、晴野はリーダーの
初対面で天道に対しての危険人物センサーが発動し、良い印象を抱いていなかったのも影響したのだろうが、全ては後の祭りである。
晴野はキーボードを操作する。
晴野は相手が引っかかっていたことに喜び、探りを入れたい部分にハッキングを開始する。
――お。
ハッキング後、画像などの自動で引き抜いた情報も片っ端からまとめる。
まとめるのに時間がかかったが、ひとまず形にはなった。
急ぎの案件なのだ。全てを調べて整えるのはどうあがいても無理である。
メッセージ履歴など重要なものをまとめあげたものと、写真など雑多なものに分けてそれぞれZIPファイルに圧縮する。
メールアプリを開き、
これで
晴野はその足で充電ケーブルとノートパソコンを抱え、扉を開けて、リビングに居るであろう兄のもとへ向かう。
禁忌ではあるが、それでもやらなければならないことがあった。
兄はソファに深く座り、スマホをいじっていた。
お仲間から拷問の結果が届いたのだろうか?――まぁ、いいけど。
他の班員や西園寺兄弟はそれぞれの部屋に居るようだ。
今がチャンスだった。
「……兄貴。」
晴野はそう言い、
兄の足の間に座った
。「――は?」
兄――
晴野は気にせず無言で
ノートパソコンを開く
。椅子に座っていた
――いや、セクハラだろこれ!?
「……あの……妹よ。座る場所おかしくないか?隣空いてるぞ??」
晴野は気にせずパソコンを操作し、
とあるファイルを開く
。「え?別に
ここでやったりしてませんけど
?ただ、今日色々あって、心が幼児返りして、兄貴の近くに居るだけ
ですけど?たまたまパソコン画面で緊急案件のターゲット
であるスマホ情報を抜き取ったもの
をここで開いていたとしても、兄貴になんかに教える
わけないじゃないっすか。やだー。禁忌
っすよ。」「!!――へぇ。」
驚いたあと、
どうやら通じたようだ。
晴野は今、先ほど
上司に送ったファイル
を、手元のノートパソコンで展開
していた。画面は最大限倒しているため、兄の位置からなら余裕で画面が見えるだろう。
「そっかそっか。
不安になって心が幼児返りした
か。存分に兄に甘えて
くれ?」兄は【
おうおう存分に情報を持って行ってくれ。
コイツは敵だ。さっさと駆逐する必要がある。
「君たちは
本当に仲がいいね
。俺も妹が欲しかったなぁ。」不知火さんも意図を察してくれたようだった。助かるわ。
ノートパソコンの画面に視線が集中する。
晴野は
なるべくゆっくりと
スクロールし、兄たちに情報を提供する。なぜこんな禁忌を犯すのか?――
裏切り者
だからだ。アレクセイの手先として、拉致でのスマホ封じから1課2係7班内の侵入まで色々とやってくれた
この
そうこうしていると、情報公開イベント序盤で雨宮たちが風呂から出てきた。
――あー、やっべ。どうしよう。全部見せれてねぇ……。まだ沢山あるのに。まとめるのに時間がかかってしまったから……。
どう頑張っても膨大な情報をまとめるのには時間がかかるため、仕方なかったのだが、晴野はもっと早くできなかった自分を責めた。
この後、晴野は風呂に行かなければならない。
なるべく早く寝て、明日に備えておきたいのだ。
晴野が内心焦っていると、察した
「妹よ。雨宮ちゃんたちあがったみたいだし、風呂に入って寝なきゃだろ。――おや?
このパソコン充電が減ってんなぁ
。こっちで充電しといてやるから安心して風呂行ってきな
。」要約すると【まだ全部見れていない】から【パソコンごとこっちに寄こせ】ということだ。
結構ジャ〇アンなことを言いやがる。お前は鬼か。
一応、情報提供するとはいえ【自分で操作しているのをたまたま見られただけ】という一線は守っておきたかった。
本来
それなのに他言したということは【自分は裏切る可能性がある】と自ら言っているようなもので。
このままノートパソコンを渡すということは、兄たちからしてみれば助かるが、同時に晴野が有事の際は【兄たちの情報を同じように他者に流す】ことを示唆しているようなものだ。
きっと、何か情報が流出するようなことがあれば、真っ先に疑われるのは自分だろう。
怖い。
だが、相手は兄だ。
班員の情報漏洩もかかっている。渡さざるを得ないだろう。
だが、せめてこの一線だけは超えたくない。
「
アップデート
も必要だろ?」マルウェア感染を仕掛けたのがバレているのか、【新着情報あればそっちも見ておく】と言いやがった。
「大丈夫。
兄ちゃんに任せろ
。な?」万が一バレたら全責任を負ってくれるらしい。
胃が痛いが、もうそれでいいかと一旦投げることにした。
「――わかった。もう1人の子とお風呂行ってくるよ。」
「おう!いてらー。」
晴野はもう1人の子を呼びに女子部屋へ向かった。
荷物をまとめて、もう1人の子とともに風呂場へと向かう。
晴野の後ろ姿を見送り、
「うーん。風呂あがり速攻で
深読みすれば晴野の思った通りではあるのだが、信頼があるからこそ疑ったりしないのに。
もう少し楽に生きればいいのにと思うが、それは性分であり、家庭環境の産物でもあるのだろう。
「
気にしぃ
なのか?もうちょい強く見えるけど。」どうやら兄に負けた妹の図にしか見えなかったようだ。
「んなわけねえだろ。フリだよ、フリ。虚勢張ってんの。――うち、毒親だったし、家庭環境もまともじゃなかったから、癖ついてんだよ。」
「そう、なのか……。気を付けて見ておくわ。」
「あー……。不知火さん、今日俺がリビングで寝ていい?――
「――わかった。頼む。」
「いえいえ。承諾あざます。
「――さて、続きを見ようじゃないか。」
実は、晴野は読むのが異様に早い。
ゆっくりめにスクロールしていたとはいえ、兄たちからしたら結構速いスピードだった。
なので、こうして常識人のスピードで見れるのはありがたかった。
上司陣はソファに座り直し、ノートパソコンの画面を眺めるのだった。