阿久津の置き土産 (11月3日9:30)

文字数 4,621文字

――20XX年11月3日 9時30分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス



――スパイを出国させろ。


天笠(あまがさ)が持ってきた仕事は 、公安らしい内容だった。

オフィスに来た天笠(あまがさ)からその場で簡単に説明を受け、ミーティングルームに移動する。
天笠は仕事があると立ち去り、オフィスには天道(てんどう)が残った。


「…つまり、俺等は今までずっと疑われていた、ということですか」

真っ先に口を開いたのは渦雷(からい)だ。
今までの仕事の減りようが腑に落ちた瞬間だった。

まさか、疑われているから仕事を回さなかったとは。
考えはしたが、秘匿班と共闘したことによりその線を消し、裏の動きに注目しすぎていた。


――まだまだ甘い部分があるな、と反省する。


「あ、もちろん俺もやで?みーんな、昨日までは全員監視付きやったって訳。」

天道(てんどう)の言葉に雨宮(あまみや)が反応する。

「なっ…!!一切気配を感じませんでしたわよ!?」
「当り前やろ。公安(プロ)舐めたらあかんで。先輩にきっっちり叩きこまれるんやから。ヘマしたら再教育やし。」
「おうおうおうおう…阿久津(あくつ)の置き土産最悪過ぎんだろ…。」
晴野(はれの)はここにはいない阿久津に、恨みの念を飛ばした。

「…知らん方がええこともある。知らんかったからこそ、これだけの期間で解放されたんやで。」


天道(てんどう)はあの1件以降、あまりこちらに接触してこなかった。
わざと距離を取り、今日まで情報を伏せていたのは、天道なりのやり方だったのではなかろうか。

――もしかして、天道(てんどう)に気遣われていた?

今日の天道はやけに素直だ。
渦雷(からい)は心境の変化を疑問に思うが、今は突っ込まないことにした。


「誰もこの班を辞めなかったこともそうやけど、例のゴミあさり。あれが決定打って今朝聞いたわ。」
《ゴミあさりが?意味不(イミフ過ぎて草。)

天道(てんどう)の発言に、東雲(しののめ)が疑問を浮かべる。
天道は疑問に回答した。

「あー、なんかな?ゴミの中に危ない情報が混ざっとってん。…阿久津サイドからしたら絶対隠したいものが。大方、あんさんらはただの文章やーって見逃したんやろ?普通に報告上がって来た言うとったし。」


そういえば、雪平(ゆきひら)が「…??えーと、うーん?…上にあげましょうか。」と言ったものが有ったような…。
雪平(ゆきひら)、ありがとう。
もちろんうちの班はテロと関係ないが、何とか窮地を脱せたようだった。



嵐山(あらしやま)天道(てんどう)に確認を取る。
「なにはともあれ、もう大丈夫なのね?」
「ああ。

心配いらへんよ。」

《まって何その不穏ワード。草すら生えない(まったく笑えない。)

東雲(しののめ)が慌てて突っ込むが、天道(てんどう)は答えない。
そんな中、晴野(はれの)雪平(ゆきひら)が口を開く。

「…おいコラ今回の仕事も阿久津(あくつ)関わってんじゃねぇだろうな?」
「…まさか…。いや、嘘ですよね…え…。」

天道(てんどう)の表情が真顔に変わる。
晴野(はれの)雪平(ゆきひら)の悪い予感は的中した。

「そのまさかや。概要を説明するで。まず、とある男性が、スパイに脅されていて助けを求めて警察に逃げ込んできたのが発端や。その男性はハニートラップで弱みを握られ、スパイに情報を売っていた。スパイからの要求が増したある日、怖くなって警察に逃げ込んできた。」

「担当したのが阿久津(あくつ)で、その男性を利用してスパイに情報を流し続けていた…ということでしょうか」
雪平(ゆきひら)、大正解。やけど、続きがあってな?実は…そのスパイに阿久津は操られていたんや…」

「はぁ!?」


――ちょっと待て、どうやったらそんな状況になるんだ!?


班員全員唖然だ。
状況がこんがらがりすぎている。
これが本当なら、公安にマークされていて当然であった。


――というか、1課2係7班(俺ら)の情報、漏れてないだろうな…!?


一番怖いのは襲撃である。
自分たち班員なら、まだ自衛の手段がある。
だが、周囲は?
クラスメイトは?
家族は?



焦りと恐怖で絶句していると、東雲(しののめ)晴野(はれの)が疑問をぶつける。


《いや、いやいやいやいやおかしいでしょ!?スパイに操られている上にテロ起こしに行くとか属性盛り過ぎ!!カオスじゃん!?》
「いや流石に盛ったっしょ!!?盛ったって言えよ!!なぁ!!?てか、上層部も阿久津(あくつ)に罪(なす)り付けてたし、色々どっかから引っ張って来てねぇ!?公安の【裏】関係とか!!」
「いやぁ、それがどうやら大マジらしゅうてのぉ…。」

どうやら全て事実らしい。
東雲(しののめ)晴野(はれの)の抗議もむなしく、天道(てんどう)の肯定に敗れてしまった。

「…渦雷(からい)リーダー。阿久津のパージ、想像以上に大正解っす…。」
遠い目をした晴野(はれの)が呟く。

「あー…。だから仕事、回ってこなかったわけか…。はぁ。」
霧島(きりしま)晴野(はれの)と同じ目をしていた。


「そりゃー、関係者全員、見張りも付くわなぁ…って思わへん?」
「当然でしたわね。はぁ…。」
「まぁ…。もう、この2ヶ月間ゆっくりできたと思うしかないわよね。」
天道(てんどう)の一言に、雨宮(あまみや)嵐山(あらしやま)が同意を示した。

「…ねぇ、天道。(わたくし)たちの個人情報は大丈夫なんですの?操られていたのでしょう?…(わたくし)、とてつもなく不安ですわ…。」
「あー…。探ってみたが、詳しいことはわからんかった。阿久津は

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渡してへんって供述してはる。現にこの2ヶ月間、敵さんがあんさんらを監視している様子はなかった。せやから…恐らく漏れてへん…はずや。」

天道(てんどう)の歯切れの悪い回答に、オフィスは沈黙に包まれた。



「――それで、天道(てんどう)さん。今回の任務の詳細は?」


絶望しても仕方ない。
渦雷(からい)天道(てんどう)に詳細開示を要求した。

「スパイの名前はアレクセイ。Aleksey(アレクセイ) Aleksan(アレクサン)drovich(ドロヴィチ) Artemev(アルチェミエフ)。お国の表記では【Алексей Александрович Артемьев】やな。所属はR国。敵さんは大使館に勤務する外交官として入国してはる。ゆえに、何か犯罪を犯したとしても、逮捕も触れることすら出来ひん。最終的にはPNGを出して、二度と入国できんようにしたい。」

意外にも天道は素直に答えた。


――公安の【表】作戦をすっ飛ばして、初っ端からPNGて殺意高いな。相手(スパイ)、マジで何したんだ。…本当にヤバいのは阿久津の一件だけなのか?



PNGとは、ラテン語のPersona(ペルソナ) non(ノン) grata(グラータ)の略で、直訳すると【好ましからざる人物】という意味だ。
PNGが出されると基本的には48時間以内に接受国(今回の場合は日本)から出国させられ、相手はPNGを発行した接受国(今回の場合は日本)に2度と入国することができなくなる。
当然ながら、外交官が所属している国にも通達が行く。
なのでPNGが出た外交官は、外交官としての生命線を断たれる事態になるのだ。

簡単に言うと「さっさと出ていけ!2度と我が国(うち)の敷居をまたぐんじゃねぇぞゴルァ!!」である。
また、PNGが出なくても、【相手国への抗議だけで】外交官の経歴に傷がつく。
PNGがどれほどの威力かはこの一文で分かるだろう。

PNGは他国でも使用されている。
だが現状、【不適切な外交官や外交官に扮したスパイ】に対して【日本が取れる最大火力の攻撃手段】である。

余談だが、今まで日本がPNGを出した事例は、片手で数えられるほどである。
(参考文献の中では4件との記載あり。)


…まぁ、名前を変えて別人に成りすまして再度入国するとか、背乗りするとか、汚い入国のやり口はいくつかあるのだが。


そして、「何か犯罪を犯したとしても、逮捕も触れることすら出来ない」とは、外交関係に関するウィーン条約の中の1つである。
これは外交特権、いわゆる治外法権だ。
外交官であれば、仮に他国で罪を犯したとしても、逮捕ができないのである。

だからといって、他国で好き勝手していいわけではない。
犯罪をしたもの勝ちに見えるが、良心をもとにした暗黙のルールが存在する。

スパイでなくても、お行儀の悪い外交官がトラブルを起こすことはよくある。
ひとたび事件が起これば全力で抗議するし、外交官担当(公館連絡担当班:通称リエゾン班)の警察官が大使館側と協議して、事態の収束を図るのである。


また、PNGを拒否したり、接受国から出ていかなかった場合は、所定の時間が経過後に外交特権がはく奪される。
よって、該当する外交官(正しくはPNGの出国期限が切れた元外交官)を逮捕できるようになる。
特に、きな臭い国や自国とギスギスしている地域に出向している場合は、命が危ない状況になる。
拷問まがいなことをされても文句が言えないのだ。

そのため、PNGを食らうと、ほとんど全ての外交官は直ちに帰国するのである。



外交官の身分で入国しているが、アレクセイはR国のスパイだ。
本当はスパイとして捕まえたいが、日本にはスパイ防止法がない。
だからこそ、国外に出るよう仕向けるしかないのである。

基本的には、公安部【裏】の調査と【表】の全力ストーキングを駆使し、国外に追い出す。
また、外交特権を持って入国しているスパイには、公安部【裏】の調査と【表】の全力ストーキングを駆使し、抗議や極稀に最終奥義PNG砲を使う。


今回の仕事も、このルールに基づき行うことになる。
なんともやりにくい仕事であった。



天道(てんどう)は続ける。

「追尾や情報収集は外事が継続的に行っとるから、心配せんでええで。あんさんらに求められているお仕事(もん)は、追放の仕方を考えて動くことや。…正直情報が錯綜しとるし、特殊捜査本部(ここ)が出来たからゆぅて、公安の秘匿体質は変わらん。情報があっちゃこっちゃに聞かんとわからへん。せやから、情報収集と協力、追放までのアシストを行う。」
「要するに、俺らは情報の集積所…警察の捜査本部のように、情報を集めて分析していけば良いんだな?」
「せやで。【表】に出ず【裏】で作戦を練るのは公安部の配慮やな。敵さんが既に1課2係7班(こっち)の情報持ってた時用の対策でもある。…まぁ、一時しのぎにしかならへんけど…それでも無いよりましや。一応、日本国内に居るあんさんらの家族には、ボディーガードをつけている。あと、何かどうしても尾けられているとかあったら、ここに連絡しぃ。公安の【表】の班…味方や。」

デスクに1枚の名刺が置かれた。
名刺には〔 内事(ないじ)1課  斎藤 慎(さいとう まこと)  070-XXXX-XXXX 〕と書かれていた。

天道(てんどう)の裏切り疑惑の件で、7班のオフィスに来た公安の人だった。
口数が少なく余計な詮索をしない、とてもあっさりしている人なので、渦雷(からい)や班員は斎藤(さいとう)さんに好感を持っていた。

だが、何で内事(ないじ)なのだろうか。
今回の案件は、外交官に扮したスパイの追い出しだ。
外事(がいじ)の範疇だが、阿久津(あくつ)の置き土産の弊害だろうか。


分かりやすくまとめると、以下だ。

今回の任務は以下の通り。
1,R国のスパイを出国させること(目標:PNG)
2,スパイは外交官
3,ウィーン条約の外交特権により逮捕不可(触れることすら許されない)
4,1課2係7班が情報の集約拠点として動くこと
5,公安が行う出国任務のサポートをすること

班の情報漏洩に関しては以下の通りだ。
1,阿久津は「班の情報は漏らしていない」と主張
2,万が一のため、今回は裏でのサポート任務
3,家族にひっそりとボディーガード(兼監視)がついているから、任務に集中しろ
4,何かあれば、公安の【表】(斎藤さん)に要連絡


また、阿久津(あくつ)の問題点は以下だ。
1,なぜR国のスパイに協力(利用)されていたのか?
2,なぜ協力者の男性を通じてスパイに情報を売っていたのか?
3,どこまで情報を漏らしているのか?
4,見返りは何だったのか?
5,阿久津は結局何がしたかったのか?


「わかりました。開示できる情報はどれほどありますか?」
「せやな、まずはこの資料から――」

こうして、スパイの追い出し任務が始まった。

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登場人物紹介

本編主人公の渦雷(からい)です。

1課2係7班のリーダーです。

皆さまどうぞよろしくお願いいたします。


雪平、すまないがこの書類も頼む。総務から雪平宛だ。

1課2係7班、サブリーダーの霧島(きりしま)です!

よろしくな!


あ、雪平!

僕、1時間後に用事で出るから、総務の書類終わったらついでに持って行ってやるよ!

あ、ども!晴野(はれの)っすー!

1課2係7班でオペレーターやってるよー!

よろよろ!!


って、ちょ……ゆっきー(雪平)!!!?無事かー!!?

皆さま初めまして。

1課2係7班の雪平(ゆきひら)です。

事件が無い時は、事務や情報整理、書類整理をメインにしています。

共感覚を持っていて、僕の場合は【色】が見えます。

どうぞよろしくお願い致します。


さて、この書類を…あっ!

(バッサー。書類を床に雪崩のように落とす。)

――うわあああぁ!すみませんんん!!

皆さまごきげんよう。

1課2係7班、雨宮(あまみや)ですわ。


雪平、こちらに来た書類はまとめましたわよ。

1課2係7班、嵐山(あらしやま)よ。

よろしく。


雪平。こっちが処理済、こっちが未処理のものよ。

量もあるし、天道に返す分は空きデスクに積んでおくわね。

1課2係7班、情報班員の東雲(しののめ)だよ。

基本、引きこもっているけど…よろしく。


あれ。ネフィリムからチャット入ってる…。

…了解。〔また出たヤバ案件ww面白そうだし、緊急案件RTA参加するので詳細キボンヌw〕…っと。

いつもネフィリム達には手伝ってもらってるしね。

――さて、頑張りますか。

あ、どうも。公安部外事課、天道(てんどう)どす。

警視庁に勤務しながら、青少年特殊捜査本部の1課2係7班の上司をさせてもらっとりますぅ。

ホンマは古巣に戻るか、1課1係に行きたいんやけど…まぁ、よろしゅう頼んます。

警視庁の阿久津(あくつ)だ。

天道の上司だ。どうぞよろしく。

警視庁公安部所属の天笠(あまがさ)です。

1話のエピローグから本編に関わらせていただきます。

読者、そして1課2係7班の皆さん、どうぞよろしくお願いします。

うぽつwww

拙者はネフィリム!

3課1係4班のリーダーでござるwww

いやぁ、何卒どうぞどうぞよろしくでござるww

あ。上から緊急案件RTA入ったんで離脱シャース!ノシ

ホント人使い荒いwwブフォww

者ども!!調査(ハッキング)と工作(クラッキング)の時間ですぞ!!各自開始オナシャス!!

警視庁公安部内事課の斎藤だ。

…一応名乗ったが…俺の自己紹介、本当に必要か??

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